Last Update 2023.12.27

Interview

パイドパイパーハウス店主・長門芳郎さんインタビュー

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1975年、青山に小さなレコード店がオープンした。その店はロジャー・ニコルスやハース・マルティネスなど当時まったく知られていなかったアーティストの輸入盤を仕入れて独自のベストセラーを生み出し、さらに自主レーベルを立ち上げたり、海外のアーティストを招聘するなど独自の経営で注目を集めた。1989年に惜しまれながら閉店してからは〈伝説のレコード店〉として語り継がれてきたその店、パイドパイパーハウスが、タワーレコード渋谷店の一角に復活したのは昨年のこと。店主は音楽ライター/プロデューサーとしても活躍する長門芳郎さん。細野晴臣、シュガーベイブ、ピチカート・ファイヴのマネジメントを歴任した長門さんは、日本のロック/ポップス史のキーパーソンだ。そんな長門さんの幅広い人脈と豊かな音楽知識が、パイドパイパーハウスを国内外のミュージシャンがふらりと訪れる音楽好きの交流の場にした。生まれ変わったパイドパイパーハウスも、世代や国境を越えて音楽好きが集まるレコード店として脚光を浴びているが、なぜ、それほどまでにパイドパイパーハウスは愛されるのか。「〈伝説の〉なんて言われると困っちゃうんだよ」と照れ笑いする長門さんに、伝説のレコード店、パイドパイパーハウスの魅力について話を伺った。

 

取材/文:村尾泰郎

撮影:福士順平

 

——レコード店のなかに、別のレコード店のコーナーができるなんて異例のことですよね。

 

「ほかにはないでしょうね(笑)。青山のパイドを閉めた後、ビリーヴ・イン・マジックという会社を作って、レコード、CDの通販を続けながら、海外アーティストの原盤制作や来日コンサートの企画制作をやるようになるんですが、その頃、タワーやヴァージンでインストアやらせてもらったりしていたんです。パイドを閉める時にはタワーのスタッフがお別れ会をしてくれたこともあったり、タワーとパイドは昔から良い関係だったんです。だから、タワーの中にパイドのコーナー作らせてもらえないかなといういう思いはずっとあったんです。やっぱり、通販より実店舗でレコードを売りたいと思ってましたから。それで去年、本(長門さんがパイド時代のことを回想した『パイドパイパー・デイズ 私的音楽回想録1972-1989』)を出した時、せっかくだから期間限定ででも、そういうことができないかって話をしてたら実現しちゃったんですよね」

 

——タワーレコードとは相性が良かったんですね。

 

「そうです。でも、タワー以外のレコード店のスタッフにもパイドが好きな人がいて、〈パイドの精神を受け継ぐ品揃えにしてます〉なんて言ってくれたりするんですけど、そういう話を聞くとすごく嬉しかったですね」

 

——なぜパイドはそれほど愛されるのでしょうか。

 

「いやあ、それって自分で言うの照れくさいですけど(笑)。なんででしょうね。パイドをやっている頃には、まさかそんな風に皆さんに思ってもらえるとは想像もしていませんでした。ただ、リスナーの立場、ユーザーの立場を大切にしたい、というのは常に思っていましたね。もともと、僕がリスナーであり、ユーザーであるわけだから。僕は小学校高学年ぐらいからレコード店へ通っていたんですけど、その時、レコード店にすごく優しいお姉さんがいて、いろいろ教えてくれたり、聴かせてくれたりしたんです。それがすごく良い想い出で。でも、故郷の長崎から東京に出て来て、いろいろマニアックなレコード店へ行くと、なんかこう、入りづらいというか、上から目線で見られてるみたいで。そういうのは絶対、嫌だと思ったんです」

 

——客を品定めしているような。

 

「そうそう。だから、お客さんが入りやすい雰囲気っていうのは大切だと思います」

 

——その点、いまのパイドはドアもついてないし開放的ですよね。

 

「場所も良いんですよ。広いフロアのはしっこ。僕ははしっこが好きなんです(笑)。電車に乗るときも隅。真ん中って嫌なんです。反主流だし、エスタブリッシュされたものが好きじゃなくて。隙間にいいものを見つけるっていうのが好きなんですよ。それに、はしっこからは全部見渡せるしね」

 

——なるほど。お店に入りやすい一方で、コーナーのつくり方が独特ですよね。

 

「まずジャンルとかアーティストで分かれてないからね。たとえばジェームズ・テイラー、キャロル・キングは別々じゃなくて、<JT & CK>とか。〈はっぴいえんど〉も単独のコーナーはなくて〈はっぴいえんど/ティン・パン・アレイ/ナイアガラ〉とか。単独のコーナーがあるのはNRBQと片岡知子だけ」

 

——なんで、そのふたつはコーナーがあるんですか。

 

「偏愛してるから(笑)、あと〈ローレル・キャニオン〉〈グリニッジ・ヴィレッジ〉〈吉祥寺〉みたいに場所で分かれていたりする。それって、僕の家のレコード棚が、そういう風になっていて。もちろん、仕切り板はないですが、棚がファミリー・ツリーみたいになっている」

 

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——長門さんの音楽に対する向き合い方が、お店に反映されているんですね。初心者にはわかりにくいかもしれないですけど、発見がありますよね。〈こういうシーンがあるんだ!〉っていう。

 

「そう。例えばローレル・キャニオンにはジョニ・ミッチェルがいて、ママ・キャスがいて、ザッパやモンキーズもいて……そんな風にコーナーを見てるだけで時間がつぶせるんです」

 

——そういう発見の楽しみは、一般的なレコード店にはないかもしれないですね。

 

「まあ、うちは場所が狭いので、置いてないアーティストの方が多いんですけどね。ビートルズやストーンズは一枚もないし(笑)。青山の時からそう。それは嫌いだからじゃなくて、あまりに当たり前すぎるし、どこにでも置いてあるからなんです。その点、今は楽ですよ。〈ストーンズはあっちにあります〉。とかって、同じフロアにあるコーナーを案内すればいいから。〈ブラジルものは上(のフロア)です〉とか」

 

——便利ですね(笑)。どこにでもあるものはそれなりに売れるもの。そういう商品がない替わりに、パイドにはロジャー・ニコルスをはじめ、様々な独自のベストセラー作品がありました。そういうアルバムはどんな風にして見つけていたのでしょうか。

 

「言ってみれば経験値ですね。プロデューサー、参加ミュージシャン、スタジオ、そういうのを調べて、これまで自分が聴いてきた経験から〈これは良さそうだ〉と思って注文する。最近はネットですぐ調べられるようになりましたけど」

 

——そうやって発見したロジャー・ニコルスが、いまやポップスのクラシックスとして聴き継がれているというのもすごいです。

 

「パイドで売れなかったら、ロジャニコが新作を出すことはなかったかもしれませんね。そういえば、高校の頃にロジャニコのカット盤をパイドで買ってくれた人が、ロジャニコの新作を買いに来てくれたりするんですよ。〈高校生の時にロジャニコを買ってのめりこんでしまったせいで、まわりの友達と話があわなくなったけど、今の自分があるのは、あの時ロジャニコを買ったからです〉なんて言って。そういうのはすごく嬉しいですね。何かが実ったんだなって思って」

 

——パイドの良いところは、若い世代に良い音楽を伝えていくところですよね。80年代にピチカート・ファイヴの小西さんが足繁く通ったみたいに、いまの若者達がパイドにやってきてCDやレコードを買っていく。お店には若手のミュージシャンの作品も置いてありますし。

 

「それが2016年に渋谷に店を出した意味だし、少しずつ成果も出て来ているんです。昔のお客さんも来るし、新しくパイドの常連になってる人も増えてきています。〈バンドやってるんですけどデモテープ聴いてください〉ってやってくる若者達も多いんですよ。昔の小西君みたいに」

 

——そうやって、音楽を中心としたコミニュケーションの場として広がりが生まれるのが実店舗の良さですね。インターネットで買うのとは違う楽しさがある。

 

「店にはアナログが何百枚か置いてるんだけど、そこを見る若い人も多いですね。そこで初めてアナログを買う人もいたりして」

 

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——今、若い世代の間で、レコードを買う人が増えているらしいですが、お店をやっていて実感されますか。

 

「実感するし、海外では数字的に実証されていますよね。イギリスで11月のある一週間の統計を見たら、ダウンロードよりアナログが売れたっていう。まあ、ギフト・シーズンの前だから、というのもあると思いますが。渋谷のタワーは海外からのお客さんがすごく多くて、パイドにも毎日たくさん、来るんですが海外にはもうレコード店なんてないから、みんな嬉々として、レコード見てますよ」

 

——長門さんから見て、レコードの良さってどんなところでしょう。

 

「やっぱり、あの存在感ですね。ジャケットを見ていると、いろんなイマジネーションが湧いてくるというか。あと、聴くまでの面倒臭さでしょうか(笑)。今はクリックするだけで聴けるけど、レコードはA面、B面どっちを聴こうかって考えたりして」

 

——音楽を聴くぞ、っていう気持ちになりますね。

 

「そう。で、余裕のある時、例えば日曜の午後とかですね。お昼からお酒を飲みながら、スピーカーの前に座って、じっくり聴く人もいるだろうし」

 

——そういえば、長門さんが監修して去年リリースされたコンピ『ベスト・オブ・パイド・パイパー・デイズ』が、アナログでリリースされるそうですね。

 

「これまで数えきれないほど、コンピレーションの監修、選曲をしてきて、そんなに話題になったことはなかったんだけど、なぜか『ベスト・オブ・パイド・パイパー・デイズ』がすごく売れたんです。パイドが復活したり、本を出したりしたことの相乗効果だと思いますが。それで続編を出すことになった時、レコード会社のほうから〈アナログとかどうですか?〉と言ってきてくれて」

 

——アナログで出し直すにあたって意識したことはありましたか。

 

「(収録時間の関係で)24曲を16曲に減らしたんですけど、そこはそんなに悩まなかったですね。ただA面、B面と分かれているんで、それぞれに気持ち良い流れになるように、というのは考えました。すでにCDを買ってくれている人が買い直しても、満足してくれるものになったんじゃないかと思います。180グラムの重量盤にしてもらいましたし、収録曲には世界で初めて復刻された音源があって、それをアナログで聴くという楽しみもあるし」

 

——当時、こんな音で聴いていたんだ、という妄想が膨らみますね。

 

「そう。厳密には昔の音と違うかもしれないけど、針を落として聴くと感慨深いものがあるんじゃないかって思いますね」

 

——そのアナログと同じタイミングで〈Vol.2〉も出ますが、それはどういった内容なんですか。

 

「これは前作を超えるものだと思います。世界初CD化の曲が5曲と日本初CD化が5曲、レアな曲がたっぷり入ってる。〈レア〉って言っても、マニアの間で知られているっていうものじゃなくて、マニアも知らない曲もあったりします。一方で誰でも知っている有名曲も入れましたが、ベタな曲が新鮮に聴こえるように工夫しました」

 

——それはすごい。どうやって見つけたんですか。

 

「それはやっぱり、さっき言った経験値ですね。長い間、隙間を見つめてきましたから。でも、レアだから良いっていうわけじゃない。〈誰も知らないけど、こんな良い曲があったんだ〉っていう曲じゃないと。そういう出会いが今回のアルバムにはあると思います。そういう曲を紹介するのが、僕の喜びというかね。パイドもそうだったんですよ。世の中であんまり知られてないけど、埋もれさせるには惜しいゴキゲンなレコードを紹介したいという。それがロジャー・ニコルスだったりアルゾだったりしたわけで。世界のレコードショップの片隅で、今も誰かに発見されるのを待っているレコードがきっとある。それを発見するのが僕の役目だと思っているんです」

 

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——まるで宝探しですね!

 

「宝を独り占めしたいっていう気持ちもありますが、やっぱり、たくさんの人に聴いてもらってこそ輝きを増すと思うので」

 

——パイドの在り方といい、リイシューの姿勢といい、長門さんの仕事の対する姿勢の核にあるのは音楽への愛情なんですね。

 

「それは本来みんな持ってるはずだと思う。最近はないがしろにされているところもありますが。安い価格で大量にリイシューものをリリースして、売り逃げみたいな感じで、ちゃんとカタログとして残さないとか。CDが売れないという現状もわかりますが、僕はそういうやり方には疑問があって、価格は多少高くても、パッケージも含めて、しっかりしたものを作って、リスナーに末永く聴いてもらえるものを出していきたいと思ってます」

 

——かつてパイドはレーベルを立ち上げたり、アーティストの招聘もしたり、いろんなことに挑戦していましたが、新しいパイドはこれからどんな風になっていくのでしょうか。

 

「オリジナル商品を企画したり、パイドならではの独自路線でやっていきたいと思っています。でないと生き残れませんから…でも一方で、昔あったような普通のレコード店に戻りたいと思うこともあるんです」

 

——普通というと?

 

「最近はイベントをやったり、特典つけたり、オマケでお客さんを呼び込んだりするじゃないですか。そういうのって、お客さんにとっても大変だと思うし、街の小さなレコード店は大手に太刀打ちできなくて、どんどん看板を下ろしていってます。パイドが今、気楽にやれているのもタワーレコードの中だからっていうのもあるし」

 

——確かに、本来オマケであるべきものが、今では購買理由になってきていますね。

 

「それって本末転倒ですよね。イベントや特典に頼らずに〈行きつけのレコード屋さんで買おう〉っていう風になればいいのにって思うんです。そんな風にお客さんが来てくれる、街の風景の一部になっているようなレコード店がやれたら良いですね」

 

『ベスト・オブ・パイド・パイパー・デイズ』(LP重量盤)
発売日:2017年1月25日(水)
価格:3,600円+税
品番:SIJP-42
収録曲:
SIDE-A
1. ドント・アスク・ミー・ホワイ / アルゾ
2. デイタイム・ドリーム / ホセ・フェリシアーノ
3. ユニオン・シティ・ブルース / トレイド・マーティン
4. ラヴ・ドント・レット・ミー・ダウン / ボビー・ブルーム
5. ユア・ショウ・イズ・オーヴァー / イノセンス
6. サドゥンリー・アイ・シー / ソルト・ウォーター・タフィー
7. フィックル・フィンガー・オブ・フェイト / バーナード・“プリティ”・パーディ
8. ブラックパッチ / ローラ・ニーロ

SIDE-B
1. 君はどこへ / アル・クーパー
2. ブルー・ボーイ / ニール・セダカ
3. 彼女なしには / ブラッド・スウェット&ティアーズ
4. ゼアル・ビー・ノー・アザー・ラヴ / ケニー・ランキン
5. ワン・ファイン・デイ / デヴィッド・フォアマン
6. イフ・ユー・キャント・セイ・エニシング・ナイス / ジア・マテオ
7. ドント・コール・イット・ラヴ / ボ・クーパー
8. ランデヴー / ヴァレリー・カーター
※収録可能時間の関係で同商品CD版より曲数が少なくなっております。

 

《パイドパイパーハウス関連詳細情報》

タワレコ渋谷店のショップinショップパイドパイパーハウス営業期間延長が正式決定!

(CD、アナログ盤、グッズ、イベント、書籍情報が掲載されています)

『PIED PIPER DAYS パイドパイパー・デイズ 私的音楽回想録1972-1989』

 

 

長門芳郎
パイドパイパーハウス
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