Last Update 2017.8.16

Interview

台風クラブ ロングインタビュー

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――今や入手不可能な1枚ですね。

 

石塚「そうです。でも、実はその録音の時、大変だったんです。ベースのまっちゃんがスタジオに手ぶらでやってきて。「どないしたん?」って聞いたら「ベース売ってもうた」って(笑)。仕方ないから、そのスタジオの壁にかかってた赤いベースを借りて録音したんです。それが『12月14日』(笑)。まあ、まっちゃん、キレッキレの時はすごいんです。でも、そうじゃない時はホンマにヤバくて。『12月14日』に入っている7曲のうち「路上」と「アナーキー」って曲はまっちゃんの曲なんですけど、「路上」なんてずっとキーがFやと思ってカポつけて弾いてたのに、レコーディング当日になって「やっぱこれDやと思うねん」って言い出して(笑)。カポなしでいきなりその場でDで弾かされましたね。「冴えすぎやろ~!」って思いましたよ。でも、2014年の春、ムーズムズとの対バンが『拾得』で決まっていたのに、まっちゃんがまた「ベースを弾く気分じゃなくなった」とか言い出して。もうさすがにこれは無理やなってことでクビにして。ああ、終わったな…って。もう解散って言う気もない感じでした」

山本「僕は2014年の正月にみんなで会った時に『12月14日』をもらって聴いて、ああ、ええな~って」

石塚「で、ちょうどまたヤマさんと一緒にライヴとかを見に行くようになっていたんで、じゃあ、一緒にまたバンドやらへん?って誘って」

山本「ガルウィングスとビフォアーズのライヴを見に行った時にそういう話をしたのを覚えてるわ」

石塚「で、結局、今のこの3人での台風クラブをやることになったのは、2014年の大晦日に、風の又サニーの今成哲夫くんから「鴨川の三角州のところで企画やるから石塚くんも何かで出て」って誘われたことがきっかけでした。それなら台風クラブで出たいなって思って、ヤマさんにベースを渡して曲も渡して、今のこの3人でライヴやったんです。3、4曲くらいやったかな。でも、その日、大雨で。大晦日の9時くらいに出るはずが、結局おして元旦の朝3時くらいでした。だから、2015年元旦がこの3人での最初のライヴなんです。その時の手応えっていうのが、やっぱり楽しいなっていう感じで。そこから徐々にライヴに出るようになったんです。でも、2015年3月3日に、雛祭りにひっかけた“イナ祭り”という、伊奈くんがドラム叩いているバンドばかりが出たイベントがあったんですけど、そこに台風クラブも出させてもらって、それが現行3人での2度目のライヴ。ほんと、その頃まではまだ一体何者なのか、どういうバンドなのか、ほとんど知られていなかったと思いますね」

山本「で、その後、《いつまでも世界は…》のプレ・イベントに呼んでくれて『nano』でライヴをやったんですけど、それに合わせたイベント用のオムニバス・アルバムのために1曲提供したんです。それが「処暑」。で、PVも作ろうってことで僕が監督、撮影したんです。そのあたりからですね、割と活動が活発になったのは」

 

 

石塚「イベントに呼んでもらうことも増えて。じゃあ、そろそろ何か音源作るかってことで、ライヴも少し空けて集中して録音して作ったのが去年2015年秋に出した3曲入りの『ずる休み』なんですね。11月13日に久々のライヴが決まってて、そこに間に合わせないとヤバいってことで動いたんですけど、10月21日の段階でまだ曲もできてなかったんで、バイトで行ってた会社をずる休みして『ずる休み』作って(笑)。まあ、そこから今に至るって感じですね。結局、昔も今もそうなんですけど、曲を作ってるのは僕ですけど、そこにものすごく時間がかかるんですよ。だからライヴは今たくさんやってますけど、ちゃんと曲を作ろうとしたらライヴを休んで集中しないとできないんですよね」

 

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――曲作りの主にどういうところに時間がかかるのでしょうか?

 

石塚「まあ、作曲、作詞全部なんですけど(笑)、とりかかるまでも時間かかるんですけど、とりかかってからも、“なんでこうなるのか”っていうのがわからないと進められないんですよ。っていうか、どこもかしこも面白い、みたいな曲にしたいんで、自分で納得できないと完成させられないんです。いわゆる、手癖ってあるじゃないですか。一筆書きみたいに一気に書いちゃうみたいな。そういうので作ったらどんどんできると思うんですけどねえ……」

 

――お手本を必要としない作り方をしているわけですね。

 

石塚「そうです。もうそういうのを必要としなくなったから今があるっていうか、台風クラブがやれてるわけなんですけど、それだけに難しいというか時間がかかるんです。定型のロックンロールって、もうあれ以上、磨きようがないというか、あれで完成され切っているから僕がどうこうしようもないんです。未だに「ジョニー・B・グッド」のイントロの曲を作ってみたいとか思ったりはするんですけどね(笑)、でも、もうそこに入り込むのはおこがましいなと。それより、今まで聴いてきたあらゆるもの……感覚を出していければって感じですね。最近、改めてステージに3人というのは本当にいいなって思っているんですけど、でも、曲を作る時はそういう編成とかバンドであること自体もあまり意識せんと作っているんです。それを一番のロックンロール編成でねじ伏せたる、みたいな感じですね。難しい複雑なコード進行の曲なんで…って、できた曲をメンバーに説明することがあっても、別にそれを意識して作ってるわけでもないんですよね」

 

――ライヴでは武蔵野タンポポ団(高田渡、シバらによって70年代初頭に活動していたグループ)のヴァージョンによる日本語カヴァーの「サンフランシスコ湾ブルース」をとりあげていますよね。ああいう時代の音楽をディグしていって、それを現代にアップデートしていくような意識はどの程度あるのでしょうか。

 

石塚「あの曲は好きでやってはいますけど、オリジナル(ジェシー・フラー作)にはさして興味があるわけじゃないんです。ことさら古いものを出して特権的にふるまうのも好きじゃないし、ジャグ・バンドがいいとか、そういうこだわりもない。ポップス、ポップ音楽やしって。求道者みたいなんじゃなく、もっと軽薄な感じでいたいっていうか。でも、軽薄でいいからって気楽に曲を作っても、それはそれで面白くないんですよね」

 

――その「面白い/面白くない」の分かれ目は、作業をしていてどこにあったりしますか?

 

石塚「いやあ、微妙ですよね。ギター弾いてて「おっ、おっ」って感じる瞬間とかね。もうこのあたりになると、メンバーだけじゃなく、もはや誰もわからんレベルになるんですよ。「ここからここに行くのおもろいやろ?」って感じるのがわかるのって俺だけやろなあって」<<続く>>

 

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