Chocolat & Akito <前編>
Record People Magazine読み切り連載企画『Listening Room』スタート!
ここでは、アナログレコードを聴くという文化が日常に根付いているミュージシャンたちが、いちリスナーとして普段はどんな環境で音楽を聴いているのか、どんなオーディオをチョイスしているのかなど、ご自宅やプライベートスタジオへ訪問インタビュー、写真家・平間至氏による写真とともにお届けします。
第1回目のゲストはChocolat & Akito。ミュージシャン同士でもあり夫婦でもあるふたりにとってのアナログレコードとは? そして、耳にしているこだわりのスピーカーは? レコードプレーヤーは?
第1回目のみ前編・後編のスペシャルバージョンでおおくりします。アナログレコードの魅力やエピソードなど、レコードの話が中心となった前編、愛用のオーディオやリスニングスタイルについての話を中心とした後編、じっくりお楽しみください。
いわゆる名盤と言われているものを
レコードの音で聴くのが好きなんです(ショコラ)
――特にコレクションしているジャンルなどはありますか?
片寄 スウィート・ソウルのレコードはけっこう持ってますね。実は20歳くらいから集めていて。7インチ(シングル/ドーナツ盤)が主体になるんですけど、5〜600枚はあるかと思います。アルバムは300枚くらいかな。あと、チェット・ベイカー(アメリカ出身のトランぺッター/ボーカリスト)は僕、おそらくほぼ全部持ってます。チェット・ベイカーは『シングス』(1956年発表のアルバム)の印象が強いんですけど、生活や税金の問題もあって、70年代から晩年の『レッツ・ゲット・ロスト』(1988年米公開のドキュメンタリー映画)までの間はヨーロッパを転々としながらツアーをして、各地で取っ払いでアルバムをつくるという契約をしていたんですね。だから色々なレーベルに膨大な数のアルバムが残ってるんです。僕が持っているオフィシャルのものだけで、3〜400枚あるんですよ。でも1枚だけ手に入らなくて。それは、オハイオ州だかどこかのピザ屋のためにつくったアルバムなんですけど(笑)、それ以外は全部集めましたね。僕、熱くなると一気に集めるタイプなんです。喋れないイタリア語でオークションのやり取りをしたりね(笑)。
ショコラ そうそう、マルコス・ヴァーリ(ブラジル出身のミュージシャン)のブームの時はブラジル人とのやり取りが続いて集めてたね。凝り性(笑)。それに、今聴いているものが棚に面出ししてあるから、「明人は今、こういう音楽が好きなんだな」ってわかるんですよね。
片寄 ある時、棚の全面がマルコス・ヴァーリになってることに突然気がついたショコラが怯えてたよね(笑)とにかく夢中になると全部聴きたい、っていうタイプですね。でも僕だけで、ショコラはそういうのは一切ないよね?
ショコラ 私は明人がハマっているものを一緒に聴くのが楽しいし、いわゆる名盤と言われているものをレコードの音で聴くのが好きなんです。ジョアン・ジルベルトとかビートルズとかザ・フーとか。やっぱり「CDと違う!」っていう感動があるし。
平間 アナログものって定番を聴きたくなりますよね、不思議と。どちらかと言うとCDは新しいものを聴こうと思うけど。
ショコラ そうなんですよね。定番のものをどんどん聴きたくなるし、(レコードを)持っていたくなる。
片寄 それも好きなタイトルのアルバムは、オリジナル盤の初回プレスで欲しいっていう(笑)。やっぱりそれが一番音がいい。セックス・ピストルズなんかもCDとレコードとでは全く違いますからね。ビートルズもモノラルのオリジナル盤で聴くと素晴らしいですよ。
ショコラ 迫力が違うよね。
平間 アナログって、好き嫌いを超えた選択肢になってる気がしますね。音の好みとかいうよりも、違う意味でも「持っていたい」という。
片寄 ショコラはいいアルバムがあると「レコードで買おうよ」って自分から言ってくるよね。
ショコラ 自分では買わないんだけどね(笑)。
片寄 そう、買うのは俺だけど(笑)。
ポータブルプレーヤーで聴いても楽しめるのが
レコードのいいところだと思う(片寄)
――アナログの音の、どんなところに惹かれますか?
片寄 針でビニール盤を削って音を出すという、超原始的な仕組みにも関わらず、何でこんなに心を揺さぶられるんでしょうね。自分でもよくわからないんですけど、でも、明らかにCDよりも情報量は多く感じる。僕、『愛の関係』というアルバムをGREAT 3でアナログ化したんですけど、アナログレコードの『愛の関係』が一番ハイファイだと思ったんですよ。エンジニアさんも「CDよりも全然、思ってたとおりの音になってる」ってビックリしてましたし、逆に、音が良すぎてヤン(GREAT 3のベーシスト)は「この曲はCDの方が塊感があっていいな」なんて言ってた曲があるくらい、音場というかサウンドの額縁も大きくなっていて。最近のレコードはカッティングの技術もあがっているせいか、イメージよりもハイファイなんですよ。レコードはローファイだと勘違いしてる人もいると思うんですけど、そうじゃなくてかなり尖ってる。あったかくて丸いだけじゃない。そう思いますね。
――丁寧な工程がそういう現象を生んでるんですね。
片寄 そうですね、『愛の関係』は96kHz/24bitをマスターにして、トータスのジョン・マッケンタイアに紹介してもらったロジャー・シーベルというエンジニアに送ってCDマスタリングもアナログ・カッティングもやってもらったんです。元々はジャズのECMのアメリカ盤をカッティングしていた人で、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの『オレンジ』をはじめとするマタドール(・レコード)とかスリル・ジョッキー(・レコーズ)のトータス、ザ・シー&ケイクなど、いろいろ手がけている人なんですけど。それでドイツでプレスしてもらって、2枚組にしたこともあってCDよりも高音質に仕上がりましたね。ただ、レコードは再生する側の装置によってだいぶ音が変わるので、一概には言えないんですけど。
平間 ローファイはローファイの良さがあるし、いいシステムはいいシステムの良さがありますよね。
片寄 だからポータブルプレーヤーで聴いても楽しめるのがレコードのいいところだと思う。
平間 逆にCDの方が、ハイファイのいいシステムで聴いた方が素晴らしいですよね。
片寄 そう、CDは安いプレーヤーで聴くのはもったいないとは思います。レコードはね、ポータブルでも十分楽しめる。最近はカセットテープも見直されてますけど、同じですよね。カセットの音も、悪いんだけどいい(笑)。
平間 コンプレッション感というかね。
片寄 そうそう、アナログのコンプレッション感がやっぱり素晴らしいので、自分も未だに音の判断基準がアナログのコンプレッション感にあるんですよね。デジタルで作ってもそういう仕上がりを求めてしまうのが、僕の音の特徴かもね。
――最初のアナログ体験は覚えてますか?
ショコラ まだ結婚する前の話なんですけど、明人の家に初めて行った時に、ジュークボックスがあったんですね。その音にビックリしちゃって(笑)。踊れるし、もうすごい迫力で。
片寄 映画の『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』に出てくるのと同じドーム型のAMI製ジュークボックスなんですけど、あれを売ってしまったのは今でも後悔してるなぁ(笑)。
ショコラ あれは邪魔です(笑)。でもあの真空管の音は忘れられない。
片寄 60年代モノだったので、モータウンとかあの時代の音楽を聴くと最高だったね。
ショコラ そうそう。ジャクソン5とかすごかった! あの音は若い子たちにも聴いてほしいね。
片寄 ショコラはあのジュークボックスが最初だったんだ?
ショコラ そう。CD世代だからね。
片寄 僕、女の子の方が音には敏感だという持論があって。男はわりとオーディオのスペックとかの数値から入るんだけど、女の子は感覚的にいい音に反応する気がするんですよ。ウチに遊びに来ても、「いい音だね」っていきなり言うのは女の子たちですね。
ショコラ そうだね。
――片寄さんの最初のアナログ体験は?
片寄 小さい頃、近所にすごくいいステレオを持っている友達がいたんですよ。彼は今、音楽の世界でも活躍している岡田崇くんっていうデザイナーなんですけど、当時からモダンな家に住んでいてすごいステレオがあったんです。彼の家でYMOを聴いたときに「これはすごい」と思いましたね。小学3年生くらいかな。お小遣いでレコードを買っては、岡田くんの家で聴いていた記憶はありますね。それと、家族で日光へ電車旅行に行った時に、ロマンスカーの中にジュークボックスがあったんですよ。たぶん食堂車だと思うんですけど、そこで、ビートルズを聴いてみたいと思って「レヴォリューション」をかけた時に、怖いくらい音の迫力がすごくて逃げたんです(笑)。それは自分にとって、ロックの暴力的なサウンドを体感した記憶ですね。
オーディオを意識したら
自分の好きな音の形というのがわかったんですよ(片寄)
――いつかはいいオーディオを手に入れたいと思ったりしていましたか?
片寄 僕、オーディオに関してはそんなに興味なかったんですよ。気にかけ出したのも2000年代以降ですね。昔は例えば10万円あったら、10万円分のプレーヤーや針を買うよりもレコードが欲しかったし。で、2000年にソロアルバムをつくりにシカゴに行った時、ジョン・マッケンタイアの家に泊まったんですけど、そこで聴いた音がすごくよくて、馴染みのあったレコードも全部「こんな音だったっけ?」っていう驚愕の体験をしたんですね。それで訊いてみたら、ブリティッシュ系のオーディオを使っていて。「こんな音で家でも聴けたら楽しいだろうな」と思ったのがきっかけですね。そこからコツコツ集めたものが、今持っているものです。まあ、このセレッションっていうスピーカーは高校の時に拾ったものなんですけど(笑)、後で調べてみるとアビイ・ロード(・スタジオ)でも使われていた英国製でした。高校の時からこの音に慣れてるので、自分もブリティッシュ系の音が好きなんでしょうね。でも、解像度とか求めるタイプじゃなくて、中域の厚みのある音が好きで。それがある程度実現できれば満足というレベルですね。
平間 プレイヤーの人がオーディオに凝ると、それが演奏や作品に反映していくようなことはあるんですか?
片寄 ありますね。そういう意識が高まってから、特にプロデュースの現場で活きた感じはしますね。自分の好きな音の形というのがわかったんですよ。
――音の形というと?
片寄 何か音の形が見えたんですよね(笑)。物理的に見えるかどうかは別として、その理想の形は意識しますね。ジョン・マッケンタイアと話をすると彼も見えると言っていて、彼は実際作業中に見てるんですよ。
ショコラ うん、上の方見たり違う方見たりしてるね。
片寄 そう、こっちから見たりあっちから見たりしてるから、どこか彫刻をしてる人みたいな感じで。けっこう、音が見える人はいると思うんですよね。音に色が見える人もいるし。僕も、自分が好きな音の形が見えるようになったので(音づくりに)迷わなくなったというか。言葉にすると、太い音が好きなんですよね。その音の太さというのはアナログの方が得やすいもので。でもデジタルでも突き詰めることでアナログに近い表現ができると思います。最近はハイレゾなど器の大きなメディアもありますし。でも大滝詠一さんの『NIAGARA CD BOOK』とか聴くと、僕が求めてるアナログの音の理想型が全部CDで表現できているので、ハイレゾでなくCDでも十分可能なんだと思いますね。あれはビックリしました。なので一概にレンジの広いハイレゾが良いとは全然言えないです。
平間 やっぱりオーディオマニアってレンジ感を求めるじゃないですか。でもそこに音楽的な楽しさはないですよね。
片寄 音楽の楽しさとはまた別ですよね。日本にはいいマスタリングエンジニアがほとんどいないって、ジム・オルークが言ってましたけど、僕もマスタリングに関しては海外の方が好みです。日本では、特に上のレンジを意味なく伸ばされることが多くて。あれが自分の趣味と合わないのかもしれない。
ショコラ 我々は低中域が大好きだもんね。そこがしっかりあればいいよね。
片寄 うん。J-POPの音を聴くともっとシャリシャリしてるので、やっぱり自分は時流とは違うのかなって思う時もあるけど(笑)。そればっかりはしょうがない。でも音に関しては主観の問題だからね。
ショコラ 好き嫌いだしね、難しい。
平間 片寄さんの好きな音って、なんとなく正三角形なイメージがしますね。
片寄 ああ、なるほど。下が安定していてね。実際、ミックスエンジニアとかで音の絵を図形で描く人もいますよ。
――レコードの音は生々しいというか手触りがありそうなので、それが形としてイメージが生まれるのかもしれないですね。
片寄 ほんと不思議ですよね。レコードプレーヤーでも、ダイレクトドライブとベルトのタイプがあるんですけど、僕はやっぱりベルトのタイプの方が好きで。なんだろうな? 生々しく、音にうねりが感じられてリアルに思えるんですよ。それだけで全然違って聴こえる。レコードには不思議な魅力がありますね。ほんと原始的なんですけどね。
撮影/平間至
インタビュー構成/秋元美乃
<audio equipment>
・レコードプレーヤー…rega25、regaP3
・パワーアンプ…QUAD 405-2
・プリアンプ…QUAD 44
・CDプレーヤー…QUAD 67
・スピーカー…Celestion Ditton15
・スピーカー…ECLIPSE(富士通テン)
・変圧器…Power Max
・レコード棚…通販で購入、自宅にて組み立て