Last Update 2022.12.1

Interview

三沢洋紀 14年ぶりのソロアルバム『三沢洋紀2』が遂に完成!LPリリースを記念した特別インタビュー!

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90年代後半に羅針盤、渚にてと並び『大阪うたもの3大バンド』と称され、2001年にはフジロックフェスティバルにも出演したラブクライの中心人物、三沢洋紀。2004年の活動休止後、大阪から大分、現在の横浜へと居住地を移しながらその土地土地に根差した音楽活動を続けてきた彼がカセットテープでリリースした2枚目のソロ・アルバム『三沢洋紀 2』が、この度アナログリリースされた。現在は横浜の日ノ出町にあるライヴバー・試聴室その3の店長でもある彼に、現在、そして過去と未来の活動について話を訊いた。

取材・文:フミヤマウチ

 

 

――育ち故郷でもある大分から横浜に移る経緯を教えてください。

 

2010年にいま横にいる平澤(直孝/なりすレコード主宰)くんのイベントがあって。その時はたまたま大分から三沢洋紀とゆふいんの森っていうバンドのレコ発で東京に来てて、最終日だけソロで青山陽一さんと鈴木祥子さんと一緒にやらないかって平澤くんに誘われて、試聴室その2のイベントに出たんですよ。

 

――試聴室が黄金町にあった頃ですね(現在の試聴室その3は日ノ出町)。

 

うん、そうです。そこでいただいたギャラをちょっと使いすぎちゃって、帰れなくなっちゃったんですよ。

 

――なんと(苦笑)。

 

それで困ってたら黄金町駅前に〈土木作業員募集!日払い¥10,000~12,000〉みたいなことが貼ってあって。

 

――タイミングよすぎますね(笑)。

 

試聴室その2の当時の店長さんに「しばらく楽屋に住んでいいですか?」って訊いたら「いいよ~」って言ってくれて。それで土木作業を10日やって10万ばかり稼いで帰ろうかなって思ってたら、3か月くらいいたんですよ。

 

――楽屋に(笑)。

 

そう。それで、代々木にあった試聴室が引き払うから引っ越し手伝ってくれって言われたり、根津(悟/神保町試聴室店長)さんがいろいろ仕事を紹介してくれる人で、それでシール貼りの仕事をしたり。

 

――後輩バンドマンにバイトを紹介してくれる先輩みたいですね。

 

そうなんですよ。そうこうしているうちに、根津さんに中華街に呼ばれて。どうしたんだろう?いつもと様子が違うな……と思ってたら「店長やらない?」って言われて「僕でよければ」と。その時、シール貼りもしながら土木作業もやってて、体動かすの嫌いじゃないからガンガン稼いでたんですよ。

 

――稼いでたんだ(笑)。

 

その仕事が終わったら試聴室を手伝ったりしてて。そんな時代でした。それで始まった店長生活ももう11~12年ですよ。

 

――横浜に来た当初はこのアルバムに参加している人たちとのつながりはなかったわけですよね。

 

ないない!ぜんぜんなかったけど、ラブクライを知ってくれている人が結構たくさんいて。大谷能生くんとか三輪二郎くんとか。自分のことを知ってくれてたから友達にもすぐなれて、それはありがたかったですよね。1から始めるのって本当に大変で、大分に戻ったときも1から始めようって思ってて。

 

――当時の大分はどういうシーンだったんですか?

 

なんていうのかな、都会と比べてあんまり夢を見てる人はいないというか。自分は上昇志向がすごくある人を好きなわけではないんだけど、でももう諦めてるみたいなのもあんまり好きじゃなくて。都会と田舎じゃ転がってるチャンスが違いますよね、それを〈チャンス〉というならば。

 

――でもリスナーというかオーディエンスはいたわけですよね。

 

うん、ゆふいんの森でちょくちょくライブやってたから。でも最初はバンドマン同士が観に来るみたいな、そういう規模ですよね。ああ、でもレッド・クレイヨラがジョン・マッケンタイアと一緒に大分に来たことがあった。

 

――おーすごい!

 

福岡をすっ飛ばして大分に。音楽を聴いたり温泉に入ったりしませんか?みたいな企画で。

 

――いい企画じゃないですか!

 

でものちのち話を聞くと、「なんで俺たちがこんな田舎でライヴしなきゃいけねえんだよ…」ってブツブツ言ってたメンバーもいたらしいですよ。

 

――まあ気持ちはわからないでもないけど(笑)。

 

でもレッド・クレイヨラのメイヨ・トンプソンは奥さんも連れてきてて、すごくいい人で、スタッフみんなに〈どうもありがとう〉って言って回ってたそうです。

 

――イメージ通りですね。でもレッド・クレイヨラを受け入れられる土壌があるんですね大分には。

 

AT HALLっていう、なんというか〈俺らまわり〉みたいなところをサポートしてくれるハコがあって。レッド・クレイヨラもそこで演ってました。

 

――大分はほかにどういう傾向の音楽が好まれているんですかね。

 

エルヴィス・コステロとかパブロックがみんな好きでしたね。自分はよく知らないからいろいろ教えてもらったんですけど、どうやらパイレーツがいちばんいいらしいとか。

 

――パブみがある土地柄なんですね。

 

こっちに来たら誰もパブみのある話をしないから安心してたら平澤くんみたいに〈スクイーズがどうこう〉みたいなパブみのある話をしだす人がまた現れて(苦笑)。

 

――三沢くんの最初のソロアルバムはその大分で作られたわけですね。

 

このソロアルバムを本当にたった1人で録った後に、大分のみんなでゆふいんの森のアルバムを作ったんで、大分では2枚作ったことになりますね。最初のアルバムのときに仲間がいたら、バンドとして出てたかもしれない。ラブクライをやめて3~4年なにもせずに、久しぶりにやろうって作ったやつが最初のソロですね。

 

――最初のソロ・アルバムが2008年、三沢洋紀とゆふいんの森が2009年ですね。

 

それから川本真琴withゴロニャンずとか、岡林ロックンロールセンターとかやってましたけど、少しづつ自分中心の活動はしなくなってて…久しぶりに出したのが今回のソロアルバムですね。

――久々にソロアルバムを作ろうという想いは最初からあったんですか?

 

それはないです。ダイヤモンド・プリンセス号のコロナ騒動が2020年の2月でしたっけ。その2か月くらい前によだ(まりえ)ちゃんっていう女の子をヴォーカルにした〈わびさびくらぶ〉を試聴室で録音して、それがすごくいい感じになったなと思ってて。それで自分のも作りたいなって思ったのが最初ですね。

 

――ここに収録されている曲はその時点であったんですか?

 

それまでにあったうちの5曲はここに入ってて、そこから新しく作ったのが4曲かな。なんかねえ、いっぱい曲はあったんですよ。

 

――常に曲を作ってるような生活なんでしょうか。

 

そんなことはないです。競輪しているくらい(苦笑)。

 

――競輪趣味ハンパないですよね。いつごろからですか。

 

5~6年前。ある日突然どっぷりハマっちゃって。いまいちばんおもしろいです、音楽より。

 

――音楽より(苦笑)。

 

だけど、競輪の目覚めを経てのこのソロアルバムなんで。なんていうのかな、〈音楽なくても俺には競輪あるやん〉みたいな、すごく競輪をやったからこんないいものできたんだなって思ってるところもあるんですよ。自分ではいいものだと思ってるんですけど。

 

――いやこれはすごくいいアルバムですよ。

 

言い方は難しいんですけど……〈いい音楽を生み出すのは音楽だけからじゃない〉というか。趣味が音楽だけみたいなミュージシャンと話をしてもぜんぜん面白くないんですよね~。

 

――ラーメンの話ばかりしてるミュージシャンの弾くベースは滋味深いみたいな例もありますし。

 

そうですよね、やっぱりミュージシャンは音楽の話したら負けですね。

 

――負け!(笑)。でもそう考えると、最初の三沢くんのソロアルバムは完全に田舎暮らしをしている人の生み出す音楽ですよね。音楽自体が持つ息遣いとかそういうものが。

 

オーガニックですよね……どうかしてたんですよね(苦笑)。

 

――どうかしてた(笑)。これは何歳のときに作ったアルバムですかね。

 

36~37歳ですね。そういう感じするでしょ? 

 

――すごくする。その歳にオーガニックになるのは合点がいきます。

 

ラブクライの4枚目『I Bring you down to underground』が30~31歳なんですよ。ちなみにラブクライの最初の『A MESSAGE FROM THE FOLKRIDERS』が25歳ぐらい。

 

――わ!すごく年齢とシンクロした作品たちになってる!ロックンロールしてるじゃないですか。ファーストなんていま聴くと本当にギラギラしてますもん。

 

ねえ、すごくギラギラしてますよね。これからラブクライのアナログも出るから、そのライナーノート用のヒストリー的なインタビューを2回受けることになってて、この間の1回目で、自分の曲を聴くのぜんぜん好きじゃないから曲の話を訊かれてもまったく答えられなくて、インタビュー終わったときに、「三沢くん!ちゃんと自分の音楽を次のインタビューまでに聴いといて!すごくいい音楽なんだから!」って軽く怒られて。

 

――怒りの先生に宿題出された!みたいな(笑)。

 

それで嫌々聴いたら……すげえよかったんですよ(笑)。ただ歌が下手なのと、若いなあって歌詞がいくつかあって。セカンドの『COSMOS DEAD』もよかったな。若くて恥ずかしいところも多々あるんですけど。後期のアルバムはこれから聴くんですけど、ちょっと怖いんですよね。〈やったるで~!〉みたいな時期なんで。

――まあでも今回のソロアルバムはその後期の延長というか、久々に三沢くんの作品でラブクライを感じたんですよね。

 

意識はないんですけどね。まあ今回は宮地(健作/ラブクライのキーボーディスト)くんが弾いてくれてるから、彼が弾けばラブクライ感があるのかもしれない。

 

――なるほどそうかも。ラブクライ以降の三沢洋紀の活動を知らない人が聴いたらあのラブクライの感じを見いだせる作品だと思うんですよ。でもこれがいま三沢くんが店長を務めている試聴室その3の人脈で作られているのがいいなあと思ってて。たとえば共同プロデュースで録音やミックスやギターも手掛けた佐京泰之くんとか。

 

佐京くんの話、します?(笑)。いいですよ。佐京くんはどんな面倒くさい人ともコミュニケーションがとれて、横浜でそういう録音もできていろいろまとめることができる若手の人材がほかにちょっと思いつかない。さっき言ったわびさびくらぶの時に一緒にやって、これはいけるなと思って。耳もいいんですよ。

 

――元々は試聴室のお客さんなんでしたっけ。

 

そうそう。とにかくいろんな人たちと仲良くできるから、試聴室のスタッフもやってもらって。このアルバムを聴いた三輪二郎が今度出る『Essentials of MIWA JIRO』のボーナストラックを佐京くんと一緒に作ってたりするんですよ。だからそういう感じで横浜を盛り上げつつ土台ができたらいいなって勝手に思ってるんですけどね。

 

――随所に聴かれる薄いファンキーなカッティングのギターも佐京くんですよね。あれもすごくいいと思いました。全体はどうやって仕上げていったんですか。

 

自分の弾き語りとリズムマシーンだけでまず録るんですよ。そこにミュージシャンを1人ずつ足していくんです。〈せーの〉じゃないんです。まずベース、ギター、ドラムで〈せーの〉で録るのが好きじゃないんですよ。そうやって録るとなにかマッチョになるんですよね。テクニカルになるというか。

 

――三沢くんのマッチョ避け、わかる気がします。

 

マッチョ感とは何かっていったら、〈楽器専門誌臭〉なんですよね。それはないほうがいいかな。それでね、コルグのシンセサイザーを作った技術者でもある(小池)実ちゃんにベースを演ってもらうときに、曲を聴いてもらってああじゃないこうじゃないって1曲2時間くらいかけて手探りで作っていってもらったんですけど、それもよかったんじゃないかなと思ってて。これが〈せーの〉だったらこうはならなかった。

 

――ああなるほど!この作品から感じられるある種のドキュメント感はそういう手探りの爪痕が残っているからなんですかね。

 

ちょっと悩み入ったときに〈これはドキュメンタリーだから、そう思って進めたほうがいいと思う〉って言ったら納得してもらったところがあって。だからドキュメント感っていうのはもしかしたら当たってますね。実ちゃんにはシンセも弾いてもらったりしてて、だから佐京くんと実ちゃんが常にいて、そこにいろんなミュージシャンが乗っかってくるっていうのが基本でした。

 

――試聴室オールスター感ありますもんね。

 

でもそれだと4番打者がいないなと思って、竹久圏(KIRIHITO他)さんと植野隆司(テニスコーツ)さんを呼んだんですけど。

 

――お二人のギターで太い背骨が挿入された感ありますね。

 

いままで一緒に演った人でも4番打者ってなかなかいない中で、やっぱりこの2人はすごいんですよ。

 

――たしかに。当初はカセットでリリースされたこのソロアルバムがこうしてアナログリリースされるわけですけど、これで海外の人にも聴かれやすくなったと思うんですよ。いま海外で聴かれる日本の音楽としてはシティポップが真っ先に挙げられると思うんですけど、この作品はそのネクストになりえるかなと思っています。

 

シティポップの延長線にはありますよね、これ。

 

――そうです、シティみあると思っています。シティポップそのものではもちろんないんですけど、ほんのりラブクライにあったシティみの甦りを感じています。ほかにアナログならではのトピックはありますか。

 

アナログレコード、めちゃ音がいいんですよ。ビビるくらい。宇波(拓/マスタリング・エンジニア)さんがすごくて。宇波さんは細かいところを浮き出させるのが本当に上手い。マスタリングを誰に頼めばいいかわからない時に田口(史人/ラブクライを最初にリリースしたOZ DISC主宰、高円寺円盤/リクロ舎店主)さんに訊いたら「メジャー感を出してパキッとさせたいときはこの人」みたいに教えてくれて。それで「マニアックな部分をさらに深掘りして聴かせたいときには宇波さん」って言われて、じゃあ宇波さんだな、と。

 

――カセットとはまた違う音に仕上がってるんですね。

 

レコードは本当にびっくりするぐらい違う。ラウドですね。

 

――それは聴くのが楽しみです。それでは最後に、今後のビジョンを聞かせてください。

 

このソロアルバムを足がかりに、毎月いい感じのアンサンブルを演って、その演奏をたくさんの人が楽しみにするような4~5人ぐらいのバンドを仕上げようかなと思ってるんですよ。たとえばザ・バンド、グレイトフル・デッド、フィッシュ、……それこそ〈バンドっていいな〉って思ってもらえるようなことを、次にやろうかなと思っています。

 

■リリース情報

 
アーティスト:三沢洋紀
タイトル:三沢洋紀2
フォーマット:12インチレコード
品番:VTN-1012
レーベル:VACATION
販売価格:3,960円(税込)
発売日:2022年5月25日(水)

■ライブ情報
『神保町のアユ・トウキョー #1 ゲスト∶三沢洋紀』
日時:2022年5月29日(日) 開場 18:00 / 開演 18:30
料金:予約 2,800円 (1ドリンク, スナック込)
場所:神保町試聴室
出演 : ayU tokiO / 三沢洋紀

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