ハンバート ハンバート 〜約3年ぶりとなるオリジナル・アルバム『家族行進曲』を発表〜
取材/文:大石始
撮影:福士順平
1998年の結成以来、フォークやカントリー、トラッドの要素を織り込みながら、心打つ歌の世界を構築してきたハンバートハンバート。約3年ぶりとなるオリジナル・アルバム『家族行進曲』のテーマは〈家族〉。夫婦であり、3人の子供の親でもある佐藤良成と佐野遊穂から産み落とされた12の家族の物語は、彼ららしい物語性と音へのこだわりが詰まった力作となった。今回のインタヴューでは数多くの名曲を作り出してきたハンバートハンバートの曲作りの秘密に迫るとともに、新作のヒントとなったアナログ・レコード4枚を佐藤にセレクトしてもらった。
──昨年は“おなじ話”など代表曲の再演やカヴァー曲を収録したデビュー15周年記念盤『FOLK』のリリースやCMソングの制作のほか、初の中国ツアーも行ったりと、例年以上に忙しかったんじゃないですか?
佐藤「……そう、忙しいんですよ(笑)。ま、〈小忙しい〉ぐらいですけど(笑)」
──作詞・作曲は佐藤さんがやってるわけですが、曲作りの時間を取るのも大変なんじゃないですか。
佐藤「そうですね。ただ、時間があればできるかというと、そういうものでもなくて。曲作りって身構えてやるものじゃなくて、日常のなかでふとメロディーが浮んできたりするものなんですよ。歌詞も同じで、電車や自転車に乗ってるとき、またはお風呂に入ってるときにふと思いついたりする」
佐野「そのためにわざわざ電車に乗ってたよね」
佐藤「でも、それはうまくいかなかった(笑)」
──では、今回のアルバムは〈家族〉がキーワードになってますが、どういう経緯で浮かんできたものなんですか。
佐野「〈家族〉ありきで始まったわけじゃなくて、全部録り終わった段階でスタッフから〈家族の曲が多いね〉と言われて初めて気づいたんです。ウチは子供が3人いるんですけど、家があって家族がいて、その真ん中に自分がいるという生活を日々必死にやってて(笑)。そういう日常が自然と曲に出てくるものなんだなあと思いましたね」
佐藤「子供たちと暮らしていると、自分が子供だった時代のことを思い出すきっかけにもなるし、親になると自分の親との関係も考えることになるんですよね。日常のなかに考えるヒントになることがたくさんあるんです」
佐野「彼(佐藤)の場合、ひとつひとつの物語を作ろうとして作っていくわけじゃないんですよ。メロディーに合う言葉を探していくなかで、それを繋ぎ合わせていくと自然にある物語になっているという。だから曲の芯の部分は意図したものじゃなくて、勝手に出てくるものなんです。今回家族がテーマになっていたということは、よっぽど家族としてがんばってるということなんだと思う(笑)」
佐藤「どうやらそうみたいだな(笑)」
──〈物語を作ろうとするんじゃなくて、自然と物語になっていく〉というのはおもしろいですね。
佐藤「まさにそういう感じなんですよ。自分の場合メロディーから先に作っていくんですけど、その段階でメロディーのなかに起承転結や温度、色があるんですね。具体的なものではないけれど、そこにはなんらかの物語要素が含まれてるんです。そのメロディーに合う言葉と意味をいろいろと考えていって、何か糸口が見えてくるとそこから作っていくんです」
──新作の冒頭曲“雨の街”は、ある子供が主人公ですよね。雨のなか、その子が母親に会いに行く光景が綴られているわけですが、どうやら子供の両親は離婚している。ひとつの曲にすごく複雑な感情と情景が描かれていますが、たとえば、こんな物語はどうやって浮かんでくるんですか。そもそも佐藤さんの実体験ではないわけですよね?
佐藤「そうですね、ウチの両親は仲がいいですし(笑)。曲自体は10年前ぐらいからあったんですよ。当時は全然違う歌詞がついていて、2008年にはデモも録ったんです。一時期やってたロック・バンド(グッバイマイラブ)のライヴで少しやったこともあるんだけど、気にいらなくてボツにしてて」
──当時のテーマは今と同じだったんですか。
佐藤「いや、全然違うものでした。もともとあったメロディーのなかに〈何があっても自分はいく〉というドラマが込められているような気がしたんですね。それを元に考えていったとき、〈雨だろうと何だろうと、私(僕)はお母さんに会いにいくんだ〉という物語がおのずと浮かび上がってきたんです」
──テーマが家族だといっても、決してホームドラマ的家族像だけじゃなくて、いろいろな家族のあり方が描かれていますよね。“ひかり”は練炭自殺を試みた主人公が、病室で希望を見つけていく物語が描かれています。
佐藤「これもメロディーに合う言葉をずっと考えていて、ふと出てきたものを元にして作りました。〈夢のなかで誰かと会う〉とか、〈死んでしまってもどこかで自分のことを見ている〉とか、そういう科学的に証明できないような題材も曲にすることが多くて。たとえばこの曲の主人公のように会話ができなくても、何か通じあうこともできるはずだし、そういうコミュニケーションが仮に成立するんであれば、人生も捨てたもんじゃないんじゃないかと。あと、音楽って言葉による物語だけじゃなくて、耳で聴いているうちにぼんやりと情景や物語が浮かんでくることもあると思うんです。言葉で超えたものというか。そういう曲を作りたいということもあって」
──佐野さんは実際に歌う際、曲のなかの主人公とどのような距離を取ろうと考えているんですか。
佐野「曲ごとの主人公を演じるという意識は全然ないですね。物語だけじゃなくて、そこにはメロディーがあって音がある、それを淡々と歌っていくという感覚。彼(佐藤)からは昔から〈ただただ歌ってほしい〉と言われてきましたし……」
佐藤「〈ただただ歌う〉というのが実は一番難しいんですよ(笑)」
佐野「必死に〈ただただ歌って〉ます(笑)。今回は歌のタイミングやノリに関する(佐藤からの)指示が今までで一番多かったんですよ。そこをとことん突き詰めたんで、録り直しもすごく多かった」
──今回特別に歌を追い込んでいったのはなぜなんですか?
佐藤「これまではボブ・ディランみたいにラフな格好よさのあるものも作りたいと思ってきて、前々作(2014年の『むかしぼくはみじめだった』)ではナッシュヴィルで現地のミュージシャンとセッション的に作ったんですね。でも、そうやってできることはあのアルバムでやり尽くしてしまった。そこを深めていくやり方もあったと思うんですけど、昨年の『FOLK』のときは僕と遊穂の2人だけですごく緻密に作ったんです。テンポやテーマを吟味して、歌やギターも細かく録音していった。ライヴとは違う完成系みたいなものを作りたかったんです。今回のアルバムでもスタッフ一同が完成系のイメージを共有して、それに向けて緻密に作っていったんですね。だから、遊穂の歌に対してもおのずと細かくやっていったんでしょうね」
──なるほど。
佐藤「あと、『FOLK』の制作時から自宅の隣に作業部屋を借りて、アレンジや自分たちのレコーディングはそこでやるようにしたんですよ。今回も自分たちの楽器と歌については自分たちで録ったんですけど、作業部屋があるぶん、いくらでも録れるようになったんですね。だから、今回はレコーディング期間も一番長くなってしまった。去年の4月ぐらいから打ち込みでデモを作り始めていたので、マスタリングまで1年。楽器録りだけで4か月かかってますね」
──じゃあ、『FOLK』が完成してすぐに今回のアルバムのデモ作りを始めた、と。
佐藤「そうですね。デモも今まではすごくざっくりしたものだったんですよ。今回はデモの段階から結構作り込んでて」
──レコーディングには長岡亮介さん(ギター)やエマーソン北村さん(オルガン)、関島岳郎さん(チューバ)などが参加してますが、今回のアルバムは久下恵生さんのドラムがキーになっているような気がしました。ちょっと暴れていて、独特の味付けになってますよね。
佐野「そうですね、まさにそうなってると思います」
佐藤「久下さんとは3年ぐらい一緒にライヴをやってますけど、そのなかでだんだんわかってきたことがあるんですよ。普通だったらドラムが演奏の心臓部になりますけど、久下さんの場合は自由に叩いてもらったほうが良さが出る。自分たちの曲はフォークやカントリーがベースにあるので、あまりドッシリしたドラムじゃなくて、パーカッション的に絡んでくる自由なドラムのほうがいいんじゃないかと思ったところもあって。今回はベーシックの段階から叩いてもらうんじゃなくて、歌もギターも全パート入ったオケに対し、好きなように叩いてもらいました」
──全体のリズム・キーパーというより、ある種の味付けとしてリズムを加えていくという。
佐藤「そうですね。久下さんのドラムって全部ハネてるんですよ。久下さんはヒップホップが好きであると同時に、ルーツに地元(南河内)の河内音頭があるんです。〈何をやっても河内音頭っぽくなっちゃう〉と言ってましたね」
──あと、なんといっても“がんばれ兄ちゃん”で細野晴臣さんがベースを弾いてることが重要ですよね。
佐野「そうですね。満を持して弾いていただきました」
佐藤「ここぞ!というところで出ていただきたくて。今回のアルバムを作るにあたって、ライヴでもすごく評判の良かった“がんばれ兄ちゃん”がアルバムの顔になるだろうとは思っていたんですね。だったら、この曲で弾いていただこうと」
佐野「他のパートを全部録ったものを細野さんに送ったんですよ。そこにベースを入れて戻していただいたんですけど、自分たちの曲に細野さんのベースが入っているという事実自体に感動しました(笑)」
佐藤「しかも、ベースの音そのものに細野さんの気配が入ってるんですよね」
佐野「そうそう。聴いていると、細野さんの声が聴こえてくるんですよ」
佐藤「歌声も喋る声もベースの音も全部一緒なんだなと思って。すごくシンプルなベースラインなんだけど、細野さんにしかない間があって。感激しましたね」
──あと、アイルランドのバンジョー・グループ、ウィー・バンジョー3が2曲で参加していますね。
佐野「彼らとは一昨年の12月、日本で一緒にツアーしたんですよ。この2曲はそのとき録ってあったもので。彼らは4人組なんですけど、2組の兄弟で構成されてるんですよ」
──なるほど、スカヒル兄弟とハウリー兄弟で構成されてるんですね。まさに家族行進曲!
佐藤「そうなんですよ、偶然なんですけど(笑)」
佐野「彼らはアイルランドのトラッドをやりつつ、すごくビートを押し出して踊れるものをやっていて、一緒にツアーを回るなかですごく刺激を受けた部分もあって。ステージングもずいぶん参考にさせてもらいました。彼らは日本ツアーでも全部日本語でMCをやるんですよ。どこの国にいっても現地の言葉ですべて話すと」
佐藤「現地のスタッフからMCでウケる言葉を教えてもらうんですよ。しかも大阪なら大阪でウケるネタ、名古屋なら名古屋でウケるネタを全部仕込んでくる(笑)」
佐野「それをそのまんま真似して、昨年の中国ツアーでは全部中国語でMCをやりました(笑)」
──ウケました?
佐藤・佐野「ウケました(笑)」
──それはよかった(笑)。あと、今回7インチ・シングル“ぼくのお日さま”も限定リリースされましたよね。7インチとしては2012年のハンバートワイズマン名義の“おなじ話 総天然色バージョン”以来、ハンバートハンバート単独としては初めての7インチですよね。
佐藤「そうですね。ここ最近の曲でアナログにするんだったら、やっぱり“ぼくのお日さま”かなと思って。B面は“ぼくのお日さま”と同じタイミングで録ったもので、なおかつCDになっていないものがいいんじゃないかと思って、配信だけで出ていた“チキ・チキ・バン・バン”“ホンマツテントウ虫”(前作に収録。配信は歌詞違いバージョンになります)にしました」
──プレスしたものを聴いてみてどうでした?
佐藤「音がいいですよね、やっぱり。月並みな言い方になっちゃいますけど、アナログにはアナログの良さがあって、そういう音質で自分の曲を聴けるというのはやっぱり嬉しいですよね。もともとアコースティックの楽器で演奏しているわけで、本来の鳴りに近い良さはあると思います」
──この3曲はティム・オブライエンのプロデュースのもと、ナッシュヴィルでレコーディングされていた曲ですし、アメリカン・ルーツ・ミュージック好きの方にとっても嬉しい7インチでしょうね。
佐藤「そうですね、喜んでいただけると嬉しいですよね」
──『家族行進曲』の制作時、ヒントとなったレコード4枚──
■Various Artists / Southern Folk Heritage Series : Blue Ridge Mountain Music (Atlantic / 1959年)
佐藤「フィドルとバンジョーをどう録るか試行錯誤してたんですけど、このレコードの音は理想型。アラン・ロマックスが録音しているのでフィールドレコーディングだと思うんですけど、マウンテン・ミュージックならではの突き抜けた音なんですよ。アメリカらしい、乾いていてカーン!とした音。今回のアルバムで自分でどこまでできたか分からないですけど、お手本ですね」
■Bob Dylan / The Freewheelin’ Bob Dylan (Colombia / 1963年)
佐藤「これはギターを録るうえでのお手本の一枚です。こんなギターを弾けたらなあとずっと思ってるんですけど、なかなかできない。歌にしても、ただただ歌う、ただただそこにいるという理想型。このアルバムはモノの古い盤で、擦り傷だらけなんで結構ノイズが入ってるんですけど、CDとは生々しさが全然違うんです。初めて聴いたとき、アナログってこんなに凄いのか!と驚いた記憶があります。(裏ジャケを見ながら)『Nancy Muller is gone, And I am gonna keep it』と書いてありますね……いま気づいたけど、ナンシー・ミューラーさんという方の形見だったのかもしれないですね」
■Professor Longhair / Crawfish Fiesta (Alligator / 1980年)
佐藤「自分たちの演奏自体はカントリーやフォークのイメージで録ってるんですけど、リズムはまた別のカラーでアレンジしていて。そのなかでひとつの要素としてあったのがニューオーリンズのリズム。久下さんのドラムが持つ独特のハネ具合いやスネアの明るさからはニューオーリンズの匂いがする瞬間もあるんですよ。そんなこともあって、レコーディングにあたってはプロフェッサー・ロングヘアのこのレコードも参考にしました」
■赤い鳥 / 竹田の子守唄 (Liberty / 1972年)
佐藤「これは物心ついた時から聴いているレコード。たぶん両親のどっちかが買ったんだと思います。子供の頃からこれが好きで好きで仕方なくて、これを読みながらずっと歌ってました。読みすぎて端っこが破れちゃってるんです(笑)。このレコードに入ってる“田舎暮らし”という曲は途中からチューバが入ってくるんですけど、今回“おうちに帰りたい”というアニメの曲をセルフ・カヴァーするにあたって、“田舎暮らし”のことを思い出して。それで関島岳郎さんにチューバを吹いてもらいました」
■作品情報
ハンバート ハンバート 『家族行進曲』[CD+DVD]<初回限定盤>
レーベル:SPACE SHOWER MUSIC
品番:DDCB-94015
発売日:2017/07/05
価格:3,400円(税別)
トラックリスト:
[CD]
1. 雨の街
2. がんばれ兄ちゃん
3. あたたかな手
4. 長い影
5. ぼくも空へ
6. おうちに帰りたい
7. 真夜中
8. ひかり
9. ただいま
10. 台所
11. 今夜君が帰ったら
12. 横顔しか知らない ケルティックバージョン
[DVD]
第一部 「がんばれ兄ちゃん」を含む新作ミュージックビデオ(3曲収録予定)
第二部 「ハンバートハンバート中華人民共和国をゆく」2016年12月の中国ツアーライブ映像(7曲収録予定)
ハンバート ハンバート 『ぼくのお日さま』(7inch)
レーベル:Humbert Humbert Crew / SPACE SHOWER MUSIC
品番:HHCA01
発売日:2017/06/07
価格:1,800円(税別)
トラックリスト:
A1. ぼくのお日さま
B1. チキ・チキ・バン・バン
B2. ホンマツテントウ虫
■ハンバート ハンバート OFFICIAL SITE
http://www.humberthumbert.net/