レコードを愛しレコードに愛されたレコード番長、須永辰緒インタビュー
DJとして34年に渡り第一線で活躍を続ける、レコード番長こと須永辰緒。彼のソロ・ユニットであるSunaga t experienceが、4月24日に約4年ぶりのニュー・アルバム『Suomenlinna』をリリースする。今回、RECORD STORE DAY 2019に合わせて、アルバムからの先行7インチ・シングルを3枚同時発売。しかもディスクユニオン、HMV record shop、JET SETから、それぞれの店に似合った楽曲をセレクトして限定販売するという。
レコードを愛しレコードに愛されたレコード番長に、今回の粋なアクションについて語ってもらうべく、HMV record shop 渋谷のバックヤードをお借りして、レコードの山に埋もれながらインタビューを敢行した。
取材・文:宮内 健
写真:福士順平
──Sunaga t experienceとして約4年ぶりとなるニュー・アルバムが完成しました。アルバムのタイトルになっている『Suomenlinna(スオメンリンナ)』という言葉は、どういう意味があるんですか?
須永 「スオメンリンナっていうのは、ヘルシンキから15分ほどに在る海上要塞、島の名前です。対ロシア戦線のために18世紀に建てられて、大砲が着弾した痕も生々しく残っていて、今では世界遺産になってる。その場所が好きでよく行くんですよ。アルバムのジャケットも、スオメンリンナで撮ったもの。そこに世界一美しいと言われるカフェがあるんですけど、昼間からCavaなんかを飲みつつ、当時に思いを馳せながら『ゴルゴ13』を読むっていうのが、すごく好きなの(笑)。」
──その『Suomenlinna』に収録された楽曲の中から、アナログ7インチが3タイトル先行リリースされることになりました。7インチでカットする大きな理由はなんでしょう?
須永 「それはもちろん、僕がアナログでDJしていて、自分でプレイしたいから。レコードストアデイの名の下に、みなさんにご協力いただいて、7インチが出せるというね。ビジネス的な話じゃなく、成り立ちからしてそういう不純な動機です(笑)。」
──しかも、3タイトルをそれぞれ3つのレコードショップから限定発売されるという、珍しい販売スタイルが取られていますね。発売するショップもわけているのは?
須永 「どの店にも僕はお世話になってて、毎週のように荷物が届くわけですよ。お店によって得意なジャンルっていうのがあるんで。そういう意味で、適材適所で曲を割り振ったつもりです。たとえば「Rogue / Nighthawks」をリリースするディスクユニオンに関しては、意外とテクノやハウス系が強いんですよ。ジャズやロックも専門店があるぐらいだから、その系統の知識を持ったスタッフも多いんだけど、ダンス・ミュージックにも強いバイヤーがいるんです。どこにいっても売ってないようなテクノが、ユニオンだけには入ってたりするので。ユニオンは、深いですよ。」
──ディスクユニオンは、ロックやジャズというイメージが強いですが、それは新鮮です。「いびつな果実 / ALVO」をリリースするJET SETは?
須永 「JET SETはポップスに強いですよね。あと、JET SETのスタッフが手がけるエクスクルーシヴなアナログも積極的にリリースしていて。J-Popだったり古いポップスだったり、ドメスティックな音楽に強いイメージがあります。なので、曲も日本語で歌ってる、アルバムの中でもポップなものを2曲カップリングしました。HMV record shopでリリースする「揺れる。」は、もともとピアノ・インストで作ろうとした曲で、途中からヴォーカルを入れてもいいかなって思い出して、ちょっとアレンジし直して。アルバムの中でも、僕が最近一番聴いているUKやイスラエルのジャズに、意識的に近づけた曲です。そういう最先端のジャズに、僕はHMVで出くわすことが多いんです。」
──今回の撮影はHMV record shop 渋谷で行わせてもらってますが、先ほども、撮影に立ち会ったレコードストアデイ運営スタッフの本根さんに、辰緒さんが見つけたレア盤をオススメされてましたね。
須永 「そうそう(笑)。ベツレヘムから出てるフランク・ソコロウっていうテナーの名手のジャズ・アルバム、僕が1万数千円で買ったレア盤が、2千いくらで売ってた。本根さんは価値をわかってくれるから、絶対買ったほうがいいよって。」
──そういう風に、店に足を運んだからこそ出会えるレコードって、必ずありますよね。
須永 「最近、通販ばかりでDigってて「このレコードないよね」って言ってる人も多いけど、レコード屋に来ると意外とあるんですよ。今だとSuchmosの新譜がオンラインだと売り切れだとか言って、オークションサイトでも値上がりしてるけど、HMV record shop の店頭で普通に売ってますよ(注:取材当日)。だから、レコード屋に来ないとダメなんです。みんな焦ってると思うけど、来れば普通に売ってるんだから(笑)。」
──それに、狙いすまして買おうとしたレコード以外にも、探してたつもりじゃないレコードと出会う面白さっていうのは、やっぱりお店で購入するならではの喜びですよね。
須永 「そうですね。僕でいうと、相変わらず昔のヒップホップは好きなので、お店に来て欲しいレコードを探すついで、ヒップホップの棚を見ると、もう売ってしまって手放してしまったレコードなんかが安く売ってたりして。特に今、12インチは安いから。信じられない値段で、綺麗な状態のものが売ってる。そうやっていろんなジャンルを見られるのがいいんです。」
──とくに、HMV record shopみたいに、幅広くジャンルを網羅してる店なんかだと、買うつもりじゃないものも買ってたりして。
須永 「そうそう(笑)。中古盤は棚を見てみないと、何が売ってるかわからないから。自分で狙ったものを、ピンポイントで引くっていうのは、こういう広い店だとなかなか難しくて。それ以外で「これあったんだ!」って買うことのほうが多いですね。」
──さて、今回7インチでリリースされる作品についても話を伺いたいんですが。HMV record shopからリリースされる「揺れる。」は、全編英詞の歌の中で“揺れる”というフレーズだけ日本語で表現されるのがすごく印象的で。楽曲としても、とても素晴らしい内容で。
須永 「ありがとうございます。あと裏テーマとしては、BUDDHA BRANDのDev Largeへのオマージュ的に、同じ元ネタのリフを採用してるんですけど。だから作り方としてはヒップホップ的であるけど、それを生楽器に置き換えたような感じですね。」
──曲ごとに違うと思うんですが、辰緒さんの作曲法といいますか、曲作りの進め方ってどんな感じなんでしょうか?
須永 「たとえば「揺れる。」もそうだけど、ループを考えたり、メロディーとコード譜のように、途中までの大まかな設計図は僕が描くんです。だけど、それ以降のアレンジについてはアレンジャーに一任していて。そこからアレンジャーが上げてきたものに対して、どうやってリコンストラクトしようかと考えていく。リミックスに近い感覚ですね。適材適所で、みんなで作ったほうが絶対にいいものができるっていうのが、経験則としてわかってるので。全部が全部に口を挟まない! Sunaga t Experienceは僕個人のソロ・ユニットだけど、そこに参加してくれたアーティストやアレンジャー、ミキサー、エンジニア、関わった人全部を含めてSunaga t Experienceなんです。」
──たくさんのミュージシャンが参加してますが、人選はどのようにチョイスしてるんですか?
須永 「スケジュールが合う人が、その時のメンバー。それが第一ですね。僕のレコーディングって、スタジオとエンジニアを押さえるところからはじめるので。その時にスケジュールが合わない人は、また次の機会にお願いすると。プレイヤーのセレクトも僕自身がやってるんですが、今回ドラムをメインで叩いてもらってるのが岡本健太くんっていう、若手の天才ドラマーがいるんです。その情報をもらったのはピアニストの太宰百合さんから。熱帯JAZZ楽団やオバタラ・セグンドにも参加してるドラマーなんですけど、あんな一癖も二癖もあるバンドに最年少で参加して、リズムを一手に引き受けてるって並大抵の才能じゃない。で、今回参加してもらったら、これがドンズバで。今回のアルバムは全部彼に叩いてもらってます。」
──Sunaga t Experienceは、凄腕ミュージシャンがたくさん参加してるのに、オールスターズ的な打ち出しは、あまりしてないように感じるんですが。
須永 「そうかもしれない。こういうメンバーをフィーチャリングしてますよって売り出し方は、あまり好きじゃないので、One for All、All for One精神で演奏してもらってるので(笑)。名前に“Sunaga t”とついてるから僕のバンドっぽいけど、別に名前はなんだっていいんです。」
──参加している人たちの演奏も、個々のパーソナリティを前面に打ち出すというよりは、辰緒さんが描く世界を表現していくことに徹したスタイルですよね。
須永 「大前提はそこにあります。僕がDJでこういう曲をプレイしたい、こういう曲を作りたいもの。そこはブレない。」
──Sunaga t Experienceの楽曲は、サウンド的にあまりコンプレッサーをかけてないような印象も受けます。DJミュージックって、一般的にコンプレッサーをガツンとかけて、レコードかけた時のパンチを求めがちだけど、辰緒さんの音楽は奥行きを感じるというか。
須永 「そうですね。自分でDJをやってて、ミキサーでイコライジングする時にわかったんですけど、コンプレッサーをかけてないほうがミキサーでいじりやすい。生音に関しては、そのほうがフロアで映えやすい。コンプでつぶしちゃえば、クラブ・サウンド的なものにはなるんですけど、その曲が持つ空気みたいなものや、サウンドの位相が見えてくる。それはブルーノートを徹底的に勉強したのが表れてるのかもしれないですね。まだ実験の途中ですけどね。ただ、打ち込みのハウスに関しては、コンプは普通にかけますよ。それも、ずっと同じエンジニアと仕事してるので、説明しなくても自然と汲み取って仕上げてくれる。」
──打ち込み曲でいうと、ディスクユニオンからリリースされる「Rogue / Nighthawks」。「Rogue」はSTUDIO APARTMENTとの共作となっています。
須永 「STUDIO APARTMENTの森田(昌典)くんはちょっとやらかしちゃったけど、この曲は彼の復帰のお手伝いも兼ねた側面も正直あります。STUDIO APARTMENTは現在アルバムも作っていて、彼も音楽で恩返しするしかないって覚悟で復帰したのでね。そのタイミングで「よかったら1曲作らない」って声をかけたんです。ちなみにタイトルの“Rogue”は、“悪党”って意味なんです(笑)。まぁ、途中でブッシュの声とかも使ってるから、その意味合いもあるんですけどね。」
──なるほど(笑)この曲は、打ち込みのトラックと生音の、いい感じに融合した感覚がとても心地よくて。
須永 「STUDIO APARTMENTの二人は、僕のやり口をよく理解してるので。ここまで作って投げれば、辰緒さんぽい生楽器が入って、さらにロマンチックな曲に仕上げてくれるんだろうって前提でトラックを作ってくれてるので。まんまとその通りに乗っかりました(笑)。この曲は唯一共作という形になってるけど、二人もSunaga t Experienceのメンバーでもあるんです。」
──「Rogue」カップリングに収録された「NIGHT HAWKS」も、めちゃくちゃカッコいいですね。
須永 「万波麻希が大活躍してくれた「NIGHT HAWKS」も、すごく新しいものになってると思います。UKジャズとエレクトロが混ざったような音楽が好きで去年よくかけてたんだけど、そういう音楽を去年よくかけてたんだけど、自分のユニットでもそういう曲を作りたいなって思って。後半まで生楽器が一度も出てこなくて、後半になってやっとピアノとドラムが入るんだけど、そこまで我慢するのが肝。それ以降は、よく我慢しましたってご褒美みたいなものですね(笑)。なかなか面白い曲だと思います。」
──そして、JiLL-Decoy associationのchihiRoさんが参加した「いびつな果実」。これは完全にスカ/ジャズな仕上がりで。
須永 「今まであまりスカを作ったことがなくて。去年、クイーンがリバイバルしたでしょ? 今まで僕の曲でハードロック的なエレキギターって入れたことなかったんですよ。だけど、クイーンで火がついて、小学校から中学校の頃に聴いてた音楽を、全部聴き直したり買い直したりしてて。クイーンも全タイトル倉庫から引っ張り出して、自分でベスト盤とか作っちゃったりしてね(笑)。」
──あははは。すごい!
須永 「それがアルバムに収録されたカンサスのカヴァー「On The Other Side」にもつながるんですけど。で、「いびつな果実」のギターを弾いてくれてるのは竹中俊二さんで、彼もこれまでの作品でいろいろ参加してくれたり、アレンジを何度もお願いしたり、付き合いが長い人なんです。途中でスカから曲の展開が変わって、いきなりハードロック調になるんだけど、これはマイケル・シェンカー指定だったんです。「竹中さん、マイケル・シェンカーで」ってお願いしたら、まんまとその通りの音を作ってくれて。ギターをフィーチャーした「On The Other Side」には4ビートのパートがあるんですけど、僕が言う前に「辰緒さん、グラント・グリーンでいい?」って。なんでわかるんですか!(笑)って。」
──そこは長く活動を共にしてきたからこその信頼関係というか、阿吽の呼吸といいますか。
須永 「なんというか、ミュージシャンシップみたいなものを感じますね。僕はDJなんですけど(笑)。サウンドの間とか空気みたいなものを僕は大事にしてるんですけど、やっぱりミュージシャン脳っていうか、聞かせると理解してくれる。どうしてもモノにならなかった曲も過去にはいくつかあったけど、たとえば「この枯れた感じは、若いミュージシャンでは出せない」って曲は、超ベテランのミュージシャンを連れてきたら、やっぱりハマり方が断然違って。ミュージシャンの特性も把握してると、この曲には誰に弾いてもらって、みたいな。そういう楽しみ方もありますね。」
──そうしたミュージシャンのチョイスも、辰緒さんならではというか、DJ的な感覚ですよね。
須永 「そうだと思います。DJが力を発揮するのは、その分野だと思うから。あとは誰よりも曲を知ってることかな。馬鹿みたいに曲ばっか聴いてるし、馬鹿みたいにお金使ってるからね(笑)。」
──長らくレコードショップに通い詰めている辰緒さんですが、最近のレコードを取り巻く傾向については、どのように捉えてますか?
須永 「とくに昨今の7インチ・ブームは、デジタル隆盛への反動だと思いますけどね。完全に7インチがガジェット化してる。僕の知り合いのヒップホップDJは、PCでのプレイから7インチのプレイに戻って、毎日のように買ってる奴もいるから。7インチがブームになってる反面、今は12インチが安いんですよ。だから僕は、12インチをすごく買ってますよ。12インチの方が音がいいし、扱いやすい。私見ですけどね。ただ、12インチは重い(笑)。あと、7インチが世界的に流行したきっかけの一つは、ビズ・マーキーだと思うんですよね。ビズが7インチ専用のターンテーブルでDJプレイする衝撃の映像があったじゃないですか? あれでみんなガーンとやられたと同時に、MUROくんなんかはNYの船上パーティで、7インチだけでクイックリーにプレイしてみんなの度肝を抜いてる。あと、ヨーロッパにも日本のポップスの7インチだけでプレイするDJユニットもいたりね。同時多発的に7インチが良いものとされて。今までデジタルを取り入れていたDJたちは、そこでハッと気づかされたわけですよね。デジタルのDJとはいえ、もともとはみんなレコード・マニアですからね。それでまた立ち返ったんじゃないですかね。」
──最後に、辰緒さんが想うレコードショップへの愛情を伺えますか。
須永 「レコードショップには愛情しかないですけどね。あと、自分なりの仁義があるんですけど、知らないレコードショップに行ったら、名刺代わりに何か一枚買う。なんでもいいの。なんでもいいから、手ぶらでは店を出ない。」
──何か一枚でもレコードを購入することで、お店との関係性も生まれますしね。
須永 「あとね、僕がやる唯一のギャンブルっていうのがあって。それは……値段を見ないで買う! レコードも服も、インスピレーションでコレって気に入ったら、値段を見ないで買う。ついこないだも、それで痛い目に遭いましたけどね(笑)。」
<リリース情報>
アーティスト:Sunaga t experience
タイトル:Rogue / Nighthawks
レーベル:Playwright
発売元:株式会社ディスクユニオン
フォーマット: 7inch
販売価格:1800円(税抜)
品番: PWEP55
商品詳細はこちら→https://recordstoreday.jp/item/043_pwep55/
アーティスト:Sunaga t experience
タイトル:揺れる。/ 揺れる。(instrumental)
レーベル:DISC MINOR / HMV record shop
発売元:株式会社ローソンエンタテインメント
フォーマット: 7inch
販売価格:1800円(税抜)
品番: HR7S138
商品詳細はこちら→https://recordstoreday.jp/item/044_hr7s138/
アーティスト:Sunaga t experience
タイトル:いびつな果実 / ALVO
レーベル:Playwright / JET SET
発売元:Playwright / JET SET
フォーマット: 7inch
販売価格:1800円(税抜)
品番: JS7S242