Last Update 2021.12.1

Interview

わたしを作ったレコードたち 第2回 / INO hidefumi

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シンガー・ソングライター、INO hidefumi/猪野秀史が今年(2021年)リリースしたアルバム『In Dreams』が、アナログレコード化された。フェンダー・ローズのメロウなヴィブラートを自らの「歌」のように操り、「Love Theme From Spartacas」(2005年)など数々のクラブヒットを生み出してきた猪野。前作『SONG ALBUM』(2018年)は、シンガー・ソングライターとして自らの「声」と「言葉」を解き放ち、あらたな「歌」を生み出した。新作では、さらにその境地の向こうへと空を飛ぶように分け入っている。
僕(松永)と猪野さんの出会いは、結構古い。最初は、猪野さんが2000年代初めに上京後、古民家を改装してオープンした恵比寿三丁目のカフェ〈tenement〉の店主として、だった。小西康陽さんが〈tenement〉で定期的に行っていたDJイベントを訪ね、その後、自分でもイベントをやらせてもらうようになった。そのうち、いろいろ話すようになり、猪野さんがミュージシャンとしての活動を志していると知った。自主制作で「Love Theme From Spartacas」をリリースして以降の活躍はよく知られたところだが、上京以前に福岡でやっていたバンドでは歌っていたとか、ぽつぽつと聞く昔の話は興味深いものだった。なにより『SONG ALBUM』に圧倒されて以降、いつか話をちゃんと聞きたいと思っていた。
付き合いは長いが、じつはこうしてインタビューをするのは今回が初めて。猪野さんが持ってきてくれたレコードを入り口に、ようやくヒストリーに分け入ることができる。まずは記憶の針を落とすところから始めよう。

取材/文:松永良平
撮影:松下絵真

 

猪野秀史 今日、少年時代に宮崎で買ったレコードも持ってきたんです。まずは、僕が初めて買ったレコードを聴いてください。

①井上堯之バンド / 太陽にほえろ! (ポリドール, 1975)

 

──あー。僕は猪野さんより少しだけ上ですけど、おなじ世代です。ボンとかテキサス殉職の頃が絶頂期。

猪野 このLPは『傷だらけの天使』とのカップリング盤なんですけど、僕は『太陽にほえろ!』のほうでしたね。井上堯之バンドのレコードが家にはたくさんあるんですよ。ちなみに、のちに福岡で買ったこんなレコードもあります。レゲエでやっちゃった「太陽にほえろ!」のテーマが入ってるんですよ。

井上堯之バンド / 井上堯之バンド・イン・グアム(太陽にほえろ!’79)(ポリドール, 1979)

 

──へー! (ジャケットを見て)曲名は「太陽にほえろ!’79レゲエ」というそのままのタイトル(笑)

猪野 ジャマイカではなくグアムに行ってレゲエですからね。でも、これはキラーチューンです。

 

──やばい! かっこいい!

猪野 こういうレコードはB級ですけど、好きなんですよ。そんなに珍しくないんじゃないですか?

 

──いやー、めったに見ないですけどね。その次は、これはチューバ?

②John Fletcher / 魔法のテューバ (キング, 1980)

猪野 僕は中学時代、吹奏楽部でチューバだったんです。ピアノは子どもの頃からやってたんですが、兄が吹奏楽部でチューバをやっていた流れで僕も入部してチューバを吹くことになったんです。背が高かったから指名されたというのもあるんですが。ブラバン小僧だった過去はあんまり話してないです。強豪校だったので、毎年のように大会に出てました。

 

──このレコードは練習のお手本にしてたんですか?

John Fletcher / Chanson de Matin

猪野 ジョン・フレッチャーっていう人なんですが、めっちゃ聴いてました。2曲目の「朝の歌」という曲がすごく好きで。うちの兄がこの曲を吹いてたんですよね。それを聴いていたので小六のとき、中学では吹奏楽部に入ろうと決めたんです。

 

──そのままチューバ奏者の道を進もうとは思わなかったんですか?

猪野 じつは、そのつもりだったんです。N響の多戸幾久三(たどいくみつ)さんというチューバ奏者の方に手紙を書いたりするくらい熱中してやっていたし、東京の音楽高校を受験しようと思ってました。でも、親に反対されて、地元の高校に進んでからはチューバはやめてしまいましたけどね。あの頃はMTVやニューウェイブの全盛期でしたけど、僕の頭のなかで鳴ってるのは大編成のクラシックばっかりでした。

 

──クラシック音楽が体に入ってることが猪野さんの音楽に役立っているところもある?

猪野 そうですね。チューバってベース楽器じゃないですか。だから、バンドでもベースの音ばっかり聴いてました。自分で曲を作るときにベースラインにこだわるのはそういう影響が入ってるかもしれないです。

 

──なるほどね。次はシングル盤。プラスチックス!

③Plastics / Peace (インヴィテーション, 1980)

猪野 これは小学生のとき、YMOと間違って買ったレコードなんです。いちばん最初に親に買ってもらったシングル盤はYMOの「ライディーン」(1980年)なんです。あの頃、運動会でかかってたましたよね。それで好きになって、またレコード屋さんに別のYMOを買いに行ったんですけど、間違って買ったのがこれでした。

 

──今聴いてもかっこいい曲だし、最高の間違いじゃないですか。

Plastics / Peace

猪野 これはこれでいいし、逆にこっちのほうがかっこいいと思ってました。でも、兄貴に指摘されて、コテンパンに怒られたから、ちょっとトラウマなんですよ(笑)

 

──店名〈セレナーデ〉がプリントされたビニール袋がいいですよね。袋にロゴを入れるのは当時のいい文化でした。

猪野 この後、このお店は貸しレコード屋さんになっちゃいましたけどね。

 

──僕が猪野さんと知り合ったのは、恵比寿でカフェ〈tenement〉を始められた00年代の半ばでしたね(お店のオープンは2002年)。上京される前は、福岡のアパレルで働かれていたと聞いてます。その頃にやっていたバンドでは歌っていたという話でしたよね。マーヴィン・ゲイとかカヴァーしていた、みたいな話だった記憶です。

猪野 そうなんですよ。だけど、東京で音楽活動を始めたらインストで有名になってしまって。福岡では、シュガー・ベイブやはっぴいえんどもカヴァーして歌ってたんですよ。このブレントン・ウッドの「Gimme Little Sign」も、その頃よく歌ってましたね。

 

──え! 大好きな曲です。超いい曲ですよ。聴きましょう!

④Brenton Wood / Gimme Little Sign (Double Shot, 1967)

Brenton Wood / Gimme Little Sign

猪野 このシングルは折尾の〈ファンファン〉って中古レコード屋さんで買いました。折尾は福岡市内から1時間くらいの街で、その店によく行ってたんですよ。いろんな掘り出し物があったなあ。

 

──猪野さんは宮崎のご出身で、福岡にいた時代は1990年代だと聞いてます。最近知ったんですが、インスタント シトロンの片岡知子さんとも交流がかなりあったと聞いてます。

猪野 そうですね、シトロンがメジャーデビューする直前のミニ・アルバム『CYTRON’S FANCY MANIFESTO』(ポルスプエスト, 1994年)にオルガンで参加させてもらったのが、僕のレコード・デビューです。20代の多感な時期を一緒に過ごしましたね。対バンもやってたし。

 

──インスタント シトロンは福岡時代は、ベースで松尾(宗能)さんが在籍していたトリオ編成だったんですよね。

猪野 松尾くんはうちのバンドのベーシストでもありましたから。

 

──あれ? 猪野さんの前作『SONG ALBUM』(2018)のツアーにベースで参加されてた大原浩文さんを福岡時代のバンド仲間と紹介していただいた記憶がありますけど?

猪野 ああ、大原くんは福岡のバンド時代はギター・ヴォーカルでした。僕とツイン・ヴォーカルだったんです。この「Gimme Little Sign」では、主メロが僕で、コーラスが彼でしたね。ビーチ・ボーイズやラスカルズを中心にコーラスを二人でかなり研究してました。

 

──その流れで、次に出てくるのは……?

猪野 これですね。

⑤Add Some Music To Your Day / Add Some Music To Your Day (Surfing’ Rabbit Studio, 1972)

 

──おお! 若き日の山下達郎さんのバンド。

猪野 コーラスの勉強をいろいろしていた頃で、フランキー・ライモン&ザ・ティーンエイジャーズの「Why Do Fools Fallin’ Love」という曲の存在も、このレコードで知ったんです。

 

──このヴァージョンはアカペラなんですよね。こういう練習を猪野さんもやってたんだなと目に浮かびます。練習するテキストとしては燃えますよね。

猪野 このレコードはね、リアリティがあるんです。達郎さんたちにもこんな時代があったんだということが当時の僕らの励みになったし。「やればできるんじゃね?」と可能性を感じられた。

 

──達郎さんたちも耳コピで好きな曲をカバーしたわけですしね。

猪野 僕らもそうでした。コードという概念がなかった(笑)。全部耳コピ。だけど、キーもオリジナル通りだから、さっきの「Gimme Little Sign」とかはそのままだと僕が歌うにはキーが高いんですよ。下げればいいんだけど、コードがわからないからできなかった。今ならできるんですけどね(笑)。家にみんな集まって、毎日やってました。ビーチ・ボーイズやSHiNdiG!のビデオを見て、振り付けとかも練習して(笑)。

 

──すごい。「博多のビーチ・ボーイズ物語」みたいな(笑)

猪野 当時、クラムボンの原田郁子ちゃんが高校生で、僕らのバンドをよく見に来てくれてましたね。

──へえー!

猪野 レオン・ラッセルが福岡に来たときは、一緒にライブを見に行ったりしました。当時の福岡は熱かったんですよ。その頃、福岡に「60年代研究所」というのがあったんです。

 

──「60年代研究所」ですか?

猪野 松永さんはご存じないですか? 『スター・プレス』という60年代について研究発表した今で言うzineみたいなのを作って、ライブイベントやDJイベントでお客さんに配ってた集団がいたんです。僕はそのメンバーではなかったんですが、親しくなった方がいて。僕の10歳上くらいで、ロング・マッシュルーム。ニックネームが「ニャンコ先生」でした(笑)

 

──「60年代研究所」の「ニャンコ先生」! 気になります。

猪野 ニャンコ先生にはいろいろな音楽を教えてもらったんですよ。当時、僕が聴きそうもなかったペンタングルや、この金延幸子さんの『み空』もそう。

 

──にゃんと!

⑥金延幸子 / み空 (URC, 1972)

猪野 30年くらい前ですかね、このオリジナルをニャンコ先生が持っていて、僕のニーナ・シモンのレコードとトレードしたんです。最初は「これはちょっと譲れないな」とニャンコ先生も言ってたんですけど、「いいじゃん、ちょうだい!」って僕が粘ったら「猪野くんの持ってるニーナ・シモンのあのアルバムだったらいいよ」って言ってくれて。ニャンコ先生は押しが弱い人だったので、僕が半分カツアゲしたみたいな状態だったかもしれない(笑)

 

──その当時、猪野さんは『み空』の存在は知っていた?

猪野 いえ、ニャンコ先生に教えていただきました。「あなたから遠くへ」聴いて、すごく感動しました。だから「これはもう家に置いておくしかないな」と(笑)

金延幸子 / あなたから遠くへ

猪野 松永さんはどの曲が好きですか?

 

──最近は「時にまかせて」ですね。アルバムは細野晴臣さんプロデュースですけど、シングルヴァージョンは大瀧詠一ワークス。しかも、コーラス入りとコーラス無しの2ヴァージョンあって。どのヴァージョンも好きですね。

猪野 僕は最近は「青い魚」が好きです。……ニャンコ先生、どうしてるかな。逢いたいなあ。

 

──いやあ、猪野さんの福岡時代は面白いですね。

猪野 これご存じですか? 『ヨロン島 その真珠のつぶやき』。

⑦ヨロン島 その真珠のつぶやき (LUX, 1970s)

 

──こ、これは?

猪野 これは福岡のレコード好きならみんな知っている中古レコード店〈田口商店〉で買いました。福岡市内の店じゃなく、小倉店で買ったのかな? 見つけたのは20、21歳くらいだったと思います。A面は与論島の素晴らしさについてのナレーションで、それもいいんですが、B面が民謡ファンクみたいな展開になるんです。

 

──このエキゾ感、ファンク感、ブレイクの女性コーラス「ふう」がたまんないですね。

猪野 いいでしょう?(笑) 誰かが紹介してるのはまだ見たことないですね。当時はこういうレコードがたくさんありました。

 

──〈田口商店〉といえば年に一回、好きなレコードを1枚どれでもタダで持っていっていいという日があったという伝説を聞いたことあります。

猪野 ありました。年に一回じゃなくて月に一回じゃなかったかな?

 

──月イチ! 今だったら徹夜の大行列でしょうね。ほのぼのした時代だなー。

猪野 でも僕はそれを目当てにするよりも、ほぼ毎日のように通う派でした。

 

──こういう謎レコードから猪野さんが受けた影響ってあるんですか?

猪野 なんだろう? 安いレコードのなかにもいいものがあるから安いエサ箱を漁ろうぜ、みたいな風潮が90年代初頭には福岡でも始まってましたね。僕も、壁にかかっているレア盤も欲しいんだけど、安いエサ箱や「その他」コーナーからもかなり収穫していました。この『ヨロン島』もそうですから。そういう喜びを覚えてて「これは面白いレコードになるぞ」という喜びを覚えながら買ってました。

 

──猪野さん当時、DJもしてました?

猪野 そんなにやってないですけど、モッズのイベントとかでかけてましたね。

 

──モッズのイベントでは『ヨロン島』はかけられないですよね。

猪野 そうですね(笑)。でもイベントの後半は縛りもゆるくなって、こういうのもかけてた気がします。

 

──次が福岡時代の最後のレコードということですが。

猪野 はい、細野さんの『マーキュリック・ダンス』。

⑧細野晴臣 / マーキュリック・ダンス ~躍動の踊り (MONADO, 1985)

猪野 細野さんの“トロピカル三部作”(『TROPICAL DANDY』『泰安洋行』『PARAISO』)とかはもちろん聴いていました。このアルバムを知ったきっかけは、20代の頃、横尾忠則さんや中沢新一さんの本をすごく読むようになったことなんです。中沢さんも横尾さんも「天川」という土地に言及しているし、このアルバムの存在を知って、細野さんがフィールドレコーディングをした天川に行ってみたいと思うようになったんです。それで、ある年の1月にひとりで行ったんですよ。

 

──奈良の山中ですよね? 福岡から?

猪野 ええ。福岡から鈍行で揺られて。天川の境内にペンションがあるので、そこで宿泊の予約もして向かいました。ところが麓までたどり着いたら、もう境内まで行くバスが終わったと言われて。しかもタクシーの運転手さんに何人か聞いてみたんですが「今日は雪だから無理」と断られて。真っ暗だし、泊まるところもないし、お腹も空いてるし、どうしよう、うわー、ってなりました。

 

──なりますよね。冬の夜ですし。

猪野 中沢新一さんが「天川入りできる人とできない人がいる」みたいなことを言ってたんですよ。「インドにも呼ばれる人と呼ばれない人がいる」とか。僕はあのとき「あー、俺は天川入りできないほうなんだ」とへこみました。そしたら、ある運転手さんが話しかけてくれて、「天川まで行きたい」って言ったら乗せてくれたんですよ。すごい気さくな人で、「あんたも変わった人だねえ。福岡から来たの?」みたいに話しかけてくれて。「そうです、細野さんっていう人がいて」みたいな話をしたら、「俺はその人のことは知らねえけどよー、そんな人の話聞いてこんなところまで来るあんたも変わってるね。でも、こないだも松任谷由実って女の人があんたとおなじようにここに来て、俺のタクシーに乗ったんだよ」って言われたんです(笑)。「へー、このタクシーにユーミン乗ってたんだ」って思って、ようやく自分も天川に呼ばれてるんだなという気持ちになれました。若気の至りでしたけどね(笑)

 

──いい話!

猪野 だから、僕のなかでいちばん好きな細野さんのアルバムは『マーキュリック・ダンス』なんです。細野さんにもお会いしたときに直接この話はしました。

細野晴臣 / マーキュリック・ダンス(A-1「SUNNYSIDE OF THE WATER/水と光」)

猪野 この曲の途中、天川の境内で鳴らされる鈴の音が入ってるんですけど、その音を僕の1枚目のアルバムに入ってる「Billy Jean」のイントロでサンプリングさせてもらってます。鈴が鳴り響いて「Billy Jean」が始まるんです(笑)

 

──鈴の音に導かれるように東京での音楽活動とつながった感じですね。次のレコードからは東京編。

猪野 これは、小西さんと一緒にレコード屋に行ったか、そのお店で偶然お会いしたときに「知ってるよね、これ?」って教えてくれたレコードです。

⑨Tony Joe White / Home Made Ice Cream (Warner Brothers, 1973)

猪野 小西さんから教えてもらったレコードはいっぱいあるんですけど、これがいちばんいいかなと思って持ってきました。この曲は10年くらい前に僕のワンマンライブでもカヴァーしましたね。ローズでやったんです。

Tony Joe White / Home Made Ice Cream

 

──それぜったいかっこいいやつですよ。この原曲聴くと、00年代に〈tenement〉で小西さんが「Curtain」というDJイベントをやっていた頃を思い出します。友人から「そのイベントでは小西さんはフィフス・アヴェニューバンドとかをかけてる」「え? マジ?」みたいな話をしたの覚えてます。

猪野 そうですよね。僕は平林(伸一)さんを思い出します。平林さんの店〈Moodsville〉に行って、このアルバムやジェームス・テイラーの『One Man Dog』に入ってる「Instrumental 2」とかをよく聴いてました。レコードってすごいですよね。針を落とすとそのときの空気が甦るから。

 

──僕はそんなに長い時間話したことはないんですけど、平林さんにはたくさん学ぶことがありました。平林さんのDJも好きだった。レアな曲とか受ける曲じゃなくても自分が楽しくなれればいいという。

猪野 そうなんですよ。お祭り野郎でしたから。

 

──馬場正道くん(Kiki Records / スナック馬場)と初めて会ったのも〈tenement〉でした。当時まだ馬場くんは大学生だったかな。

猪野 そうでしたね。あの頃、本当に音楽好きな酔っ払いばっかり来てた。お酒をやめる前の小西さんは週8回来てましたから(笑)。レコード買って帰る途中で〈tenement〉に寄って、うちのターンテーブルでかけながら「これいいね」って。そういう日々がお店を始めてから2、3年続いてたし、楽しかった。

 

──僕も何回もDJさせてもらいました。感謝してます。

猪野 次のレコードは、これです。松永さん、覚えてますか?

⑩Bill Of Fair / Hot Stuff (Pelican, 1977)

 

──(ジャケをしげしげと見る)……え? 僕が関係あるんですか? ぜんぜん覚えてないです(笑)。値段のタグは、マンハッタンの〈Academy Records〉ですね。

猪野 10年前くらいになるんですけど、僕がニューヨークに行ったとき、たまたま松永さんもいらしてたんですよ。

 

──それは覚えてます! 夜に会いましょうと約束して、グリニッチヴィレッジのエチオピア・レストランに行った。

猪野 あそこ、不思議な店でしたよね(笑)。その翌日かな、一緒に〈Academy〉に行ったら、「猪野さんにいいのが見つかった」って松永さんが教えてくれたんですよ。A面1曲目に「ロッキーのテーマ」をフェンダーローズでやってるヴァージョンが入っていて。

 

──え! ぜんぜん思い出せないけど、とりあえずすごくよさそうじゃないですか!

猪野 すごくかっこいいですよ。

 

──エチオピア料理がめちゃめちゃ不思議な味だったことは今も覚えてるんですけど(笑)。このレコード、聴けば思い出しますかね?(映画『ロッキー』のテーマ「Gonna Fly Now」のカヴァーをかける)……めちゃめちゃファンキーじゃないですか!

猪野 僕も今回持ってこようと思って昨日ひさびさに聴いたんですけど、やっぱりかっこよかった。これってどういうバンドなんですか?

 

──たぶん、ローカル・バンドの自主制作盤ですね。クレジットからするとハリウッドあたりのクラブバンドかな。これを勧めた理由を自分なりに推察すると、あの頃の猪野さんはまだ歌ってなくて、ヒットした「Love Theme From Spartacas」を筆頭に、ローズでかっこいいインストをやるスタイルだったからその参考にもなるのではと思ったんでしょうね。

猪野 ニューヨークに行ったあの頃はこのままインストだけ続けていいのか、悶々としてた時期でもあったんです。松永さんにも相談したことがありますよ。そしたら、「思い切り歌っちゃったほうがいいんじゃないですか?」って言っていただいて。

 

──そんなアドバイスしました? でも、猪野さんの話し声は落ち着いていて魅力的だったから「歌うとどんな感じなんだろう?」と興味を持ってたのは本当です。『SONG ALBUM』が出たときすごくよくて、自分の関心が間違ってなくてよかったと思いましたから。でも、そんな苦悩も知らずにこういうレコードを薦めてたなんてぼくもたいがい無責任ですね(笑)

猪野 最後は、これにしようかな。これ知ってます?

 

──ラウンジ・リザーズのファーストみたいなジャケ?

猪野 まさにそうなんです。ラウンジ・リザーズのメンバー、スティーヴ・ピッコロの当時出したソロが復刻されて、その情報だけで買ったんですけどめちゃくちゃよくて。

⑪Steve Piccolo / Domestic Exile (Materiali Sonori, 1982)

 

──歌ものですね。今のアート・リンゼイの感じにも近いかも。

猪野 音数が少なくて、デモテープみたいな質感。今、僕はこういうモードですね。今作りたいアルバムはこういうやつです。なんか年齢を追うごとに自分自身の音楽性が変態化してますね。ピッチが狂ってるのが逆に新鮮だし、曲の頭と途中でテンポが変わってるし、音楽的にはめちゃくちゃですけど。この曲なんか最高に好きですね。一般的とはいえないですけど不思議とグルーヴがあるんですよ。

Steve Piccolo / Young And Ambitious

 

──自分のルールとして成立してる。僕もそういう人が好きですね。その人が「これでいい」と思ったことは大事にしたいです。あと、音楽だけじゃないですけど、人って思春期がいくつもあると思ってるんですよ。猪野さんが『SONG ALBUM』で歌い出したのも40代後半ですからね。そこにもまだ思春期あるじゃんって思います。

猪野 普通に考えたらおかしな話ですよね。40代のおっちゃんの歌、誰が聴くのって。

 

──でも、思春期がある人の音楽のほうが面白いんですよ。

猪野 そう言っていただけるのはありがたいし、うれしいけど、ふと我に帰ると「俺の人生大丈夫かな?」って思うことよくありますよ。30歳で東京に出てきましたし、40代後半でまた歌い出したし。日々そういうことばっかり。でも、最近は開き直ってきましたけど(笑)

 

【作品情報】

アーティスト:INO hidefumi
タイトル:In Dreams
レーベル:innocent record
品番:IRLP004
Format:12inch
価格:3,300円(税抜)
発売日:2021年7月9日(金)
トラックリスト:
SIDE A
1. 既聴感/ Déjà Vu (作詞・作曲:猪野秀史) 
2. スコール/ Squall (作詞・作曲:猪野秀史) 
3. 美しい夜/ It’s Gonna Be A Beautiful Night ! (作詞・作曲:猪野秀史)
4. あるギャングの肖像/ Portrait Of A Gangster (作詞・作曲:猪野秀史)
5. ブルースの定義/ My Definition Of Blues (作詞:小西康陽・作曲:猪野秀史)
SIDE B
1.インドリームス/ In Dreams (作詞・作曲:猪野秀史)
2. マグネティックダンス/ Magnetic Dance (作詞・作曲:猪野秀史)
3. ドリーム/  Dream (作詞・作曲: Johnny Mercer  編曲:猪野秀史)
4. 永遠的スローモーション/ Eternal Slowmotion (作詞・作曲:猪野秀史)
5. グッドナイト/ Good Night (作詞・作曲: Lennon-McCartney 編曲:猪野秀史)

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