吉田哲人、7インチシングル「光の惑星 c/w 小さな手のひら」発売記念インタビュー
一昨年にリリースされ好評を博した『ひとめぐり』に続く、歌う(シンガー)作曲家(ソングライター)、吉田哲人の7インチシングルリリース第二弾。ルイでフィリップなジャケで装われた今回のレコードは、Palette Projectのシティポップユニット、Sputripへの提供曲「光の惑星」と、神保町試聴室ドネーション・オムニバスCD『STAY OPEN 〜潰れないで 不滅の試聴室に捧ぐ名曲集〜』への提供曲のカップリング。長引くコロナ禍にあって聴く人の心にほんのりと炎を灯すこのレコードには、彼ならではの一筋縄ではいかない音楽観から生まれるオリジナルなサウンドが詰まっている。
取材・文:フミヤマウチ
──シンガーとして活動する上でのいちばん大きいモチベーションはなんでしょうか。
コロナ禍のちょっと前のギリギリのタイミングでロンドン~パリに行けたんですよ。アイドルに楽曲提供をしてオリコンにチャートインしたり、WHY@DOLLだったら30万回超再生を記録したり、30代後半で職業作曲家になったにしてはよく戦えたなって思えて、だったら一回ずっと憧れていたところにご褒美として行ってみようって思ったんです。セルフクリニックというかある種の「けじめ」みたいな気持ちで。そこで作家として一区切りついた感覚にはなりましたね。
──それが「自ら歌う」という形になったということですね。
そこはギターを弾き始めた理由とほぼ一緒で。20~30代前半のころは自分ではいいと思っていてもあまりいい評価はされていないと感じながら、いろいろ手探りしながら続けて、最終的に作曲家になったことで評価してもらえるようになった。そこで初めて客観的に自分はいいものを作れるってわかったから、じゃあ今度はよくできていないものも作ろうと思って。
──なんという天邪鬼(笑)。
いや、いいものだけを作っているとますます「いいもの」しか作っちゃいけなくなるじゃないですか。それはしんどいなって思うんですよ。僕はギターが弾けなかったからいまギターを使うんです。シンセやコンピューターを使うと程度の差はあれ必ずいいものになっちゃうから。じゃあほかにどうやってもよくならないものってなんだろう?って考えると……ああ、歌だなと(笑)。ただのいいものに「音楽的な傷」をつけるために自分のボーカルを選んだっていうのはあります。
──「森雪之丞先生が自ら歌った!」を思い出しました。
そうそう……いやいや(笑)
──純粋に「音楽を作ること」が大命題であって、「自己表現として音楽を選んだ」とは違いますね。
そうですね、自分が作る音楽で自己表現をしたいというのは気持ちの上ではないですね。
──吉田くんの楽曲って歌詞はほかの人に委ねているじゃないですか。山下達郎さん、矢沢永吉さんもそうですよね。共通するマインドを感じます。
いま挙げられた方々は僕と違って歌も上手いから恐れ多いんですけど(苦笑)。あとは単純に自分が音楽を聴くときに歌詞を聴いてないんですよ。メロディーやアレンジは頭に入ってくるんですけど、歌詞の内容に関しては「こういうことを歌ってるのかな?」程度で。
──完全な洋楽耳ですね。言葉もサウンドとして捉えるっていう。
洋楽を聴くときは歌詞に意味をそれほど求めていないですからね。
──とはいえ、作詞を女性が担っているのは吉田くんの楽曲を特別なものにしていると思うんですよ。
頼めるような友人知人が少ないっていうのもおおいにあるんですけどね(苦笑)。あとはやっぱり「ニューミュージック」なので。南こうせつさんや松山千春さんにしても、女性目線の歌詞を男性が歌う曲って多いじゃないですか。だから、そこに関してはぜんぜん違和感がないです。女流作詞家の方が男性歌手に書く歌詞は男性歌詞だと感じるんですけど、僕が頼んでる人たちの書く歌詞って、女の子目線の女性歌詞だと思うんです。そこはニューミュージックだなと思っています。
──なるほど。前作もそうなんですけど、吉田くんのリリースは「7インチシングルレコード、かくあるべし」のステートメントだなと感じています。
自分も昔DJをやっていたんでわかるんですけど、レコードに対して「使える/使えない」っていう価値基準がありますよね。その「使える/使えない」を判断するのはあくまでもDJ側であって、リリースする側が言うことじゃないという思いがまずあって。ハウスやテクノのクラブミュージックはもちろん出す側も「使える」レコードをリリースしていると思うんですけど、ことポップスのレコードに関しては「使える」レコードだけをありがたがるのは、それがDJだとしたらある種の手抜きにも感じてしまう。
──たしかにそういうフィールドだけでしか流通していないレコードもありますね。
いわゆるクラブアレンジじゃなくてピアノ1本でも成り立つのがポップスだと思うし、自分もそういう曲を作っているつもりです。
──共通項はあるのにいま流行のシティポップとの距離を明確に感じます。それには理由があるんですね。
自分がDJだったら、そこまでの親切設計のレコードは必要ないって思っちゃいます。僕はほかの人が「使えない」レコードでDJをしたいですね。聴いてもらいたい気持ちは常にあるけど、わかってもらうために迎合するのはいちばん嫌だっていう。
──そこは「あいさとう」イズムですね。現GENOのジーノさとうさん。モッズバンドのザ・ヘア―がGS~ニューロック化して、いまはフレッドペリーとドクターマーチンブーツに身を包んでモッドなダンスミュージックを演奏している。アンダーグラウンドな存在ではあるけどめちゃくちゃ影響力のある人ですよね。
動画配信とか観るたびに本当にシビれるし、さとうさんのようには絶対になれないと思うんですけど、マインドとしてはこうありたいって思いますね。だから、ああいう格好よさを自分のポップスのフォーマットでやったのが、自分のこの2枚の7インチシングルのスタイルなんだと思います。
──では今回の7インチはどのように制作されたのでしょうか。
曲を作ったのはB面の「小さな手のひら」の方が先ですね。なりすレコードと関美彦さんが神保町・試聴室のドネーションCDを作ったんですけど、それが4月だったからちょうどライブハウスがバタバタなくなりだしたりして音楽業界が止まってたときで、明日からどうなるんだろう?っていう中で作ったんですね。そんなときだからどんなものを作ればいいかわからないじゃないですか。
──本当にそうですね、あの時は。
参加アーティストをなんとなく聞いていたので、アイドルも入るから派手なのを作った方がいいのかな?……とかいろいろ考えてたんです。そもそも、最初に話したロンドン~パリに行ったときに「何か違う!」と違和感を抱えて帰ってきてたんですね。
──ああ、そうだったんですね。
そうなんです。そんな思いで帰ってきている上に、このコロナ禍で明日もわからない。そんな中で派手にしようとか吉田哲人を覚えてもらおうとかそんなことを考えてないで、今後どうなるかわからない不安やそれでも希望を求める、そういう気持ちですっと出てきたものを提示しないとダメだということに思い至って。それで作ったのが「小さな手のひら」なんです。
──その「すっ」がよく伝わる、いい曲だと思います。
最初はドラムとベースがあったんですけど、歌入れの前に「それも蛇足じゃないか、純粋じゃないな」と思って消してあの形になったんです。その前から「何かが違う」と感じていたわけだから、いちど自分の手癖から何から捨てないとだめだなと思ったんです。
──ゆらゆら帝国の坂本慎太郎くんからもそういう引き算の効果みたいな話は何度か聞いたことがあります。合点のいく話ですよ。
しかもドネーションですし。この場所が残ってほしいと自分が願うのであれば、自分の純粋な気持ちから出てくるものじゃないと嘘だなと思って。あの時期ですからね。自分自身もどうなるかわからないから、結局このCDで終わるかもしれないと思ったら自分が嘘だと思うもの残しちゃいけないと思って精査していたらああいう曲になりました。
──純粋なものを残したかったんですね。
あのときは音楽をあまり聴いていなかったっていうのもありますね。そりゃあ聴けないですよ、あの時期は。
──音楽と生活の価値の重さをみんな考えていた時期でしたね。
あと、一昨年の誕生日に「ひとめぐり」を出した段階で納得していたというのもおおいにありますね。だから「ひとめぐり」と今回のはちょっと方向性が違いますね。
──たしかに今作を聴いてみると「ひとめぐり」がギラギラしたものに感じます。
そうですね。A面の「光の惑星」も提供曲ではあるんですけど、自分が提供した後でディレクターに「この曲を男性が歌うのも聴きたいんですよね」って言ってもらえて、それで今回出そうってことになったんです。
──ソフロ風味の疾走ネオアコ曲、めちゃくちゃ大好物ですよ。提供したSputripのバージョンに比べてローファイな手触りに感じたんですがどうなんでしょうか。
音源はほぼ一緒ですね。Sputripの方はプロのエンジニアさんがMIXやっててレンジが広かったりするんですけど、僕のほうは僕自身でMIXしてて。あのテンポ感だと結局はティーンエイジ・ファンクラブの「Star Sign」のような音が好きですからねえ。
──みんな大好きティーンエイジ・ファンクラブ!
高校生のときにCDウォークマンに入れてずっと聴いてたから音色が染み付いちゃってますね。ああいう歪んでいるギターは入れてないんだけど、ドラムがあのドタバタした感じでアコースティックな音にすると、ああいう音像になってしまいます。今のアイドル楽曲ってステレオ感がすごく広がっているんです。だから提供曲は自分でも指示を出して現代的に仕上げて、自分が歌う場合は今の曲と思われなくてもいいから、別のものに仕上げていますね。
──なるほど、そうなると今後「バンド」というフォーマットには興味はありますか。
本当はバンドができるのであればバンドをやりたいんですけどね。ひとつやれない理由で分かっているのは、例えばギターの人に要求するエフェクターの数がすごそうだぞと。
──どういうことですか(笑)。
曲によって音色からなにから全部変えてくれないと困るんですよ。ドラムにしても、ぜんぶ生のドラムで叩かれても困るみたいなところがあって。例えば808の曲の時には808だけが鳴っているべきだからドラムは休んでほしいみたいな感じになっちゃうから。
──それを受け入れてくれるドラマー、難しそうですね(笑)。
ニュー・オーダー方式が取れるんであればそれがいちばん良いんです。ニュー・オーダーがすごいのは、あのアザー・トゥー(ニュー・オーダーの「じゃないほう」メンバー)の2人がプログラムをやってるから、ドラムを叩かない曲があっていいと思ってるんですよね。
──その割り切りやバリエーションをほかのメンバーに求めるのはやはり難しそうですねえ。
それこそマイ・ブラディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズがエフェクター持ってきて並べてくれないと困る!ぐらいに、多分なります(苦笑)。
【リリース情報】
アーティスト:吉田哲人
タイトル:光の惑星 c/w 小さな手のひら
フォーマット:7インチ・レコード
品番:NRSP-796
販売価格:1,500円(税抜)
発売元:なりすレコード
発売日:2021年7月23日(金)