Last Update 2023.12.27

Interview

the chef cooks meとayU tokiO、2人の音楽家の友情が生んだ名曲“間の季節”の新しい形

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the chef cooks meが「レコードの日2022」の12月3日にリリースする7インチシングル“間の季節”。この曲は、もともと2012年にライブ会場限定で販売されたEP『門の中』に収録されていたもので、ファンの間では名曲として知られている。そんな曲が、ayU tokiOこと猪爪東風のプロデュース、豪華なバンドメンバーのプレイ、以前と同じくKONCOSの古川太一と佐藤寛の助力、そして下村亮介のみずみずしい歌によって再録されたのが、今回のシングルだ。

10年後の再録と聞くと、そのぶんの年輪が刻まれているのではないかと予想してしまうが、このニューバージョンは新鮮な驚きと若々しい美しさに満ちている。ただのリレコーディングというよりも、原曲が湛えていた色褪せない魅力を引き出して強調し、そこにayU tokiOの作家性が合流したことで、理想形により近づけられたアートピースのように感じられるのだ。

そんな“間の季節”のニューバージョンは、どのようにして生まれたのだろうか。ありふれた言い方になるが、そこには音楽家どうしの長きにわたる友情の物語があった。2人の出会いから猪爪が主宰するCOMPLEXからリリースすることになった経緯、制作やレコーディングの背景、B面の「愛がそれだけ(feat. ayU tokiO)」について、さらに現在の音楽をめぐる状況まで、下村と猪爪に聞いた。

取材/文:天野龍太郎
撮影:山川哲矢

 

アユくんはずっと一生懸命

――ayU tokiOの活動10周年を記念したプレイリスト企画でも下村さんとアユさんの出会いが綴られていましたが(http://www.ayutokio.net/2021/12/9.html)、改めてお2人の出会いについて教えてもらえますか?

猪爪:ayU tokiOでキーボードを弾いてくれているやなぎさわまちこが昔、Wiennersというバンドのメンバーだったんですね。そのWiennersが代官山UNITでライブをやった時に、シモリョーさんがDJで出ていて(2010年9月17日)。僕は一曲だけゲストとしてギターを弾いたんですけど、それをシモリョーさんが見てくださっていたんです。

下村:“Justice 4”って曲だよね。めちゃめちゃいいカッティングだったから、まちこちゃんに聞いて、終演後にちょっとお話ししたんです。SEBASTIAN Xとか、当時周辺にいたバンドの人脈も近かったですし。それで連絡先を交換して、アユくんが勤めていた高円寺の工房に遊びに行きました。

猪爪:ケーキを買ってきてくれたんですよね。

下村:そうそう。それで、「一緒に音楽を作ろう」という話をしました。その後、アユくんがthe chef cooks meに入ってもらえたら絶対面白くなると閃いて、口説いてバンドメンバーになってもらったのが第一章です。

――当時、アユさんが見たthe chef cooks meは11人編成の大所帯だったそうですね。

猪爪:5人編成の過渡期にもライブを見ていましたし、音源を聴いてもいたんですけど、シモリョーさんと知り合って話すようになってからライブを見に行ったら11人になっていたんです(笑)。すごくびっくりしました。

下村:その頃は、まだ9人だったかな。

猪爪:僕が入って、ホーンとコーラスが加わって11人になったんでしたっけ。でも、大所帯のバンドって、当時はまだ珍しくて。

下村:200人くらいのキャパのハコで、ステージの上で演者がパンパンになりながらやっているバンドはいなかったかもね(笑)。

猪爪:“ハローアンセム”のホーンがすっごい迫力で、びっくりしました。

――アユさんの工房に下村さんが遊びに行った時、どんな話をしたんですか?

下村:お互いの音楽のバックボーンとか……。

猪爪:趣味とか、ですね。

下村:「シェフでこういう活動をしていきたい」とか、「アユくんと音楽を作るならこういうことをしてみたい」とか。震災後だったかな?

猪爪:いや、震災前だったと思います。シェフはめちゃめちゃ先輩バンドですし、僕はとにかく一生懸命話していましたね(笑)。

下村:アユくんはずっと一生懸命だよ。一生懸命じゃなかったことはない(笑)。

――アユさんにバンドに入ってもらいたい、という思いで会いに行ったのでしょうか?

下村:いや、最初は「一緒に音楽を作ろうよ」くらいの感じでした。自分のバンドに飽きていたところがあったし、新しい人と一緒にやりたくて。だんだん、バンド内で無邪気に音楽の話ができなくなっていたんですね。そんな中で、アユくんはぜんぜん知らない音楽を教えてくれるし、お互いに好きなものを愛でることもできるし、それが単純に楽しくて。音楽の話ができる人がミュージシャンにいるっていいな、そんな人と一緒に音楽を作ったら絶対にいいものが作れるなと思って、アユくんもシェフのことを面白いと思ってくれたから、メンバーに誘ったんです。

――けれども、その時期が、当時アユさんがメンバーだったバンド、MAHOΩの活動と重なってしまったんですよね。

猪爪:シモリョーさんと出会った頃は、MAHOΩの活動はまだ「温めてる」くらいの感じだったんですけど、一気に忙しくなっちゃったんです。2011年の末から2012年頃のことでしたね。

下村:アユくんから「MAHOΩに専念したい」と伝えられた時、アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)のゴッチさん(後藤正文)のレーベル、only in dreamsからアルバムを出させてもらうことが決まっていたんです。アユくんと一緒に作った曲もすでに3、4曲あって、すごく手ごたえがあったので、悲しい気持ちが強かったですね。でも、彼の才能がそっちで開花する可能性があるなら、わざわざ引き止めて閉じ込めちゃうのはよくないなと、最終的に思って。

猪爪:僕、すごく失礼なことしちゃったんですよ。バンドに新メンバーとして入って、みんなが「やるぞ!」となっている時に、「別のバンドが忙しいから抜けさせてくれ」と言ってしまったので。でも、シモリョーさんは怒らないし、優しいんですよね。シモリョーさんはインディーズもメジャーも経験したキャリアのある方なので、色々な局面や悩みの乗り越え方を教えてくれるお兄ちゃん、という感じでいてくれて。MAHOΩが右往左往した時も、周囲の業界人からむちゃくちゃなことを言われた時も、シモリョーさんに相談して甘やかされていました(笑)。

 

シモリョーさんの姿勢は全ミュージシャンが見習うべき

――アユさんの脱退後、the chef cooks meはゴッチさんのプロデュース作『回転体』(2013年)をリリースしました。収録曲の“四季に歌えば”は、アユさんが作詞していますね。その後のお2人は、どんな付き合いをされていたのでしょうか?

猪爪:僕がピンチになった時に、たまに電話していました。でも、シモリョーさんもピンチの時が多くて(笑)。

下村:そうかも(笑)。作品をリリースするたびに電話していましたね。

猪爪:何かの節目に、ですね。発表された作品は、もちろん全部聴いて。

――『回転体』と次作『Feeling』(2019年)がまったく異なる音楽性のアルバムであるように、ayU tokiOの音楽もどんどん変化していきましたよね。お互いの変化をどう見ていましたか?

下村:悪い変化だとはまったく思っていませんでした。「今のアユくんのモードはこれなんだ」って、手紙を受け取って読むように聴いていましたね。どちらかというと、言葉の変化が気になったかな。以前はすごくキラっとした言葉を多く使っていたと思うんですけど、だんだん、色々なことに疲れたんだろうなとか、角が取れて丸くなったなとか、そういう変化が見えて(笑)。でも、心の中の炎はぜんぜん消えていない。アー写もジャケットも毎回面白いですし。変化がある方が、僕はより好きになることが多いですね。

猪爪:僕の場合、モードの切り替えはマイブームみたいなもので、世の中の流れと照らし合わせている感じではないんですね。でも、シモリョーさんは時流をちゃんと捉えて、それをライトな感覚で楽しめている人だと思う。いい意味でミーハーというか(笑)。サウンドや人選、プレイスタイルの変化も、その時々の好みが反映されているのが面白いと思います。それは、エンジニアやスタジオの選択もそうですね。あと、洋服がいつもちがうのもすごく面白い。そういうビジュアルの変化を受け止めているのが、ヤマテツくん(カメラマンの山川哲矢)だと思います。いちファンとして、「この作家は今、こういう作風なんだ」と楽しんでいる感じですね。

――アユさんから、下村さんは「ガジェットに対してギーク的」と聞いています。

猪爪:最新のアプリを入れるのとかが早いんですよ。僕は新しいものに壁を感じることが多いんですけど、シモリョーさんにはそういうところがぜんぜんない。それが音楽にも表れている気がします。

下村:そうなのかな? ただチャラいだけじゃないの(笑)。

猪爪:いや、ただのチャラいミーハーだったら、機材を使いこなして、自分の作風に落とし込むことまでできないと思うんです。でも、シモリョーさんはDAWソフトやプラグインだけじゃなくて、ハードウェアも使いこなしてそこまで落とし込む。機材のメーカーが放っとかないタイプの人だと思います(笑)。さらに、ステージ上で当然のように新しい機材を使っているのもすごい。実戦に投入するまでのスパンが短いんです。それってひとつの楽器を習得するのと同じくらいの努力が必要なことで、付け焼き刃でできることじゃない。そのための練習の時間とお金を惜しまない姿勢は、全ミュージシャンが見習うべきだと思います。

下村:いやいや(笑)。たしかに新しいものを取り入れることが他の人よりは多い気がしますけど、僕は自分のことを浅く広いタイプだと思っていて。楽器もそんなに上手くないし、楽理にも詳しくないけど、こうやって音楽を続けていられるのは、どうやったら続けられるのかを考えてきたからだと思うんですよね。それで新しいものを使ったり、時代の音をちゃんと聴いたり、そういうことを意識して選択しているからだと思います。

――『Feeling』も、その後にリリースされたシングルも、今の時代の音にアップデートされていっていますよね。それが、下村さんとthe chef cooks meの特徴であり魅力だと思います。

猪爪:そう思います。今回のシングルを録ってくれたエンジニアの中村涼真くんは、若くてすごく優秀な方なんです。シモリョーさんのそういう抜擢力もすごいですね。年下の子の才能を面白がれるだけじゃなくて、相手の能力をしっかりリスペクトしつつも、ちゃんと手綱を握って、共同制作者として迎え入れる。それがシェフの作品の作り方の真髄というか。シモリョーさんは、他人に明け渡す部分も多いんです。他人に任せるのってめちゃめちゃ大変だと思うんですけど、その痛みを覚悟した上で、「ここはお前に任せたぞ」って相手にきっちり場所を提供するから、すごいですね。僕も、そうやってシモリョーさんに引き抜かれたわけです。

 

“間の季節”をアユくんと再録するのがいちばん面白い、美しいんじゃないかなって

――では、今回のシングル“間の季節”をアユさんと一緒に作り、COMPLEXからリリースする理由を教えてもらえますか?

下村:理由はけっこうシンプルで。“間の季節”という曲は、そもそもライブ会場限定で1000枚だけ作ったCDにしか入っていなかったんですね。

――『門の中』という2012年のEPですね。

下村:あとはSoundCloudに上げただけ(https://soundcloud.com/thechefcooksme/msvb2gvkmfcw)。YouTubeに違法アップロードされたものもありますが(笑)。現状、それしか聴けないわけです。でも、好きな曲だからライブでやるし、サブスクに上げるにしても過去のメンバーと録ったものだしなと。今だったらもうちょっとちがう演奏で録音したいという思いもあって、できるなら再録したいと考えていたんですね。そんな中、今年の6月にライブをやった時、まちこちゃんにサポートで入ってもらっていて、その繋がりでアユくんが見に来てくれていたんです。それで、「そっか、アユくんがいたか」と。“間の季節”は、アユくんがシェフを辞めたあと、ラブソングではないですけど、アユくんのことをちょっと思って書いた部分もあるんです。そこはミクストフィーリングなんですが。で、アユくんはレーベルもやっているし、アユくんと再録するのがいちばん面白い、美しいんじゃないかなって、フラッシュアイデアで思いついて。相談したらすぐ受けてくれたので、この体制での制作が実現しました。

――なるほど。

下村:the chef cooks meとしてアユくんと一緒にもうちょっとやりたかったっていう気持ちが、自分の中にあったんでしょうね。それが時を経てこういう形で実現できたのは、本当に面白い。音楽を続けて、色々な人と一緒にやることの醍醐味だと思います。アユくんが受けてくれるかは正直、わからなかったのですが、すごく喜んでくれたから、もうこれしかないだろうと思ってお願いしました。

猪爪:二つ返事で「やります!」って、すぐに言いましたね。でも、レーベルとしては、その後で現実的な販売プランもちゃんと考えていきました。

――“間の季節”は、そもそもどういう経緯で生まれた曲だったのでしょうか?

下村:アユくんがシェフを辞めたのが、夏前くらいの季節だったかな。当時はすごく複雑な思いで、でも僕は彼のことが好きだから送り出したんですけど、気持ちの整理がついたのが秋頃だったと思います。アユくんのことは好きだけど、納得いかない気持ちもある。アユくんは相手の心情を思いやれる人だし、彼の選択は、普通にメンバーが辞めていったこととは、僕の中では雲泥の差なんです。この先も一緒にやりたいと思っていたけど、秋頃に「彼のことを応援しよう」と思えた時、この感触は曲に書いて残しておきたいと思って。アユくんも、その後しんどい目に遭ってきたと思うんですよ。だから、アユくんをチアアップする、応援する意味もあったかなと思います。

猪爪:思いっきり僕の名前が歌われていたから、初めて聴いた時、「空耳かな?」と思ったんですけど、「やっぱり、これは『東風』と歌われているかも」と(笑)。しかも、シモリョーさんじゃなくて、KONCOSの佐藤寛さんが歌っているわけですよ。お客さんの中には、気づいてない人もいると思うんですけど。

下村:ほとんどの人が気づいてないと思う。

猪爪:「こんなことをしてくれるんだ」と思って、めっちゃ嬉しかったですね。

 

自分が出会った人や好きな人をアユくんにも紹介したかった

――そんなお互いに思い入れのある曲をアユさんがプロデュースして再録したわけですが、アユさんは今回、どのようにプロデュースしたんですか? 原曲のアレンジを尊重しながら、アユさんの色も出ていますよね。

猪爪:元の曲がめちゃめちゃ好きなので、当然それを崩したくなかったんです。でも、僕にサウンドプロデュースを任せてくれたということは、ある程度自分なりの解釈で進めさせてもらってもいいんだろうなと、今回のプロデュースの仕方のルールを組んでいきました。それを確認するために、お話をいっぱいしましたね。おっかなびっくりではありましたけど、僕の提案にはほぼ全部、シモリョーさんが「いいんじゃない」と言ってくれて、あとはちょっとした修正だけでしたね。シモリョーさんがバンドマスターですし、ディレクター的なポジションにいてくれたので、僕は自由に泳がせてもらって。レコーディングのディレクションが、いちばんヒヤヒヤしましたけどね(笑)。ドラムがすごい方だったので。

――mabanuaさんですからね。

猪爪:「自分がディレクションをして大丈夫なのかな?」みたいな(笑)。

――この曲でのプレイは本当に素晴らしいです。

猪爪:すごいですよね(笑)。

――ベースはYasei Collectiveの中西道彦さんで、ローズピアノはやなぎさわまちこさん。これはどういう采配だったのでしょう?

下村:メンバーは、相談の上で僕が選びました。mabanuaくんとは一緒に仕事をしたことはありましたが、自分マターでお願いするのは初めてで。レコーディング場所が高崎のTAGO STUDIOで、彼もその方面に住んでいるからちょうどよかったのと、もちろん彼のドラムが好きなのでお願いしました。アユくんとはそういう「交換」もしたかったんです。自分が出会った人や好きな人をアユくんにも紹介したいなと。レコーディングではアユくんがすごく緊張していると思ったけど、デモはしっかりと作っていたし、メンバーにはポジティブな人しかいないし、こちらが伝えたことに真摯に応えて吸い上げてくれる人たちだから、大丈夫だと思っていました。緊張する理由もわかるけどね(笑)。

――KONCOSの2人の再登板も決まっていたんですか?

下村:そうです。せっかくだし、アユくんも「KONCOSにお願いしましょう」と言ってくれたので。

猪爪:そういう「この人だよね」という、人に執着するところは、僕とシモリョーさんは近いと思います。

――だからこそ、かなりユニークな組み合わせのメンバーです。お2人の旧友と新しい音楽仲間が合流しているというか。原曲と聴き比べると、歌のよさも際立っていますね。

下村:アユくんのナイスディレクションです。

猪爪:いやいや(笑)。僕はボーカルディレクションをほとんどしていなくて、涼真くんの録り方とすごくマッチしていたのがよかったんです。制作陣という意味では、涼真くんはまちがいなく重要なメンバーでした。涼真くん、独特な言い回しですべてを褒めちぎっていってくれるんですよね。

下村:でも、おべっかじゃなくて、心の底から感動しているのがわかるんだよね。そういうエンジニア、すごく好きなんです。今、スタジオが使いづらくなってしまった世の中で、ロックバンドはドラムを生で録れなくなってきているじゃないですか。後続を育てなきゃいけないのに。「この先どうなるの?」という不安もあるから、面白いプレイヤーと若いエンジニアの方にはなるべく一緒に仕事をしてほしい、という思いもありました。

 

知っている人からすれば昔の曲だけど、かといって時代感のある曲ではない

――“間の季節”は10年前に発表された曲ですが、この曲を新たに提示する意義についてはどうお考えですか?

下村:う〜ん。僕は、30年前の曲も40年前の曲も聴くので……。たとえば、今、若い子がビートルズを初めて聴いたとしたら、その子にとってはその日初めて聴いた新曲ですよね。だから、古いとか新しいとかは、あまり関係ないかな。知っている人からすればたしかに昔の曲だけど、かといってそんなに時代感のある曲ではないですし。

猪爪:それについては、僕もまったく異論はないですね。

――タイムレスな曲だと。一方、B面は“愛がそれだけ”というラップが印象的な曲です。この曲はどのようにして生まれたんですか?

下村:「この日までに仕上げなきゃいかない」という、めちゃめちゃギリギリのタイミングで書き上げました(笑)。B面は、「KONCOSのカバーを2人でやる」とか、「“間の季節”をアユくんが歌ったバージョンを入れる」とか、「過去のプロトタイプを収録する」とか、色々と考えていたんですけど、どれもピンとこなくて。「せっかくだから書き下ろします」とは言ったものの、時間がかかってしまいました。“間の季節”はアユくんのプロデュースですごくカラフルになるだろうと思ったし、同じタイプの曲を書くより、ぜんぜんちがう曲がいいかなと思って。もともと、こういう曲は書きたいと思っていたんです。

――なるほど。

下村:僕が中1の時、姉がCISCOのレコードバッグを持っていて、BUDDHA BRANDやSHAKKAZOMBIEやLAMP EYEのヴァイナルをそこに入れていたんですね。僕はJ-POPを聴いていたんですけど、姉からは「またそんなの聴いて」なんて揶揄されていて(笑)。そんな姉貴の部屋でヒップホップのレコードを初めて聴いた時の思い出があったし、そんなことを思い出しながらラップをやってみようと思いました。あと、アユくんの歌はああいうトラックものでも絶対に活きると思ったので、アユくんに歌ってもらうことだけは決めていて。

猪爪:「歌いやすいメロディを作るからね」と言われていたんですけど、本当にめちゃめちゃ歌いやすくて、すぐ録り終わりましたね。

下村:「ここは絶対にファルセットで歌い上げてほしい」と思ったところもばっちりハマって、感動しました。アユくんには色々なところで歌ってほしいですね。

 

ロックバンドにとっては絶望的な状況だけど、生きている間は必死にやるつもりです

――“愛がそれだけ”の歌詞についてはいかがでしょう?

下村:“間の季節”にはラブソングの側面があったので、それとはちがう切り口のラブソングにできたらいいなと思っていました。

――私はこの曲を聴いて、音楽そのものについて歌っているというか、音楽へのラブソングのようにも感じたんです。ストリーミング全盛時代に、下村さんが音楽に対して思っていることを書いたんじゃないかなと。

下村:……まさにそうです。僕、歌詞の真意って、いつもインタビューで説明しないんですけど。インタビューされる方が、どこまで聴き込んでいるのかを見ているんです(笑)。

――ははは(笑)。なので、この曲が7インチレコードというフォーマットで出る意味を感じました。現在の音楽の聴かれ方については、どう思っていますか? 昨年、ayU tokiOの作品もストリーミングで聴けるようになりましたよね。

猪爪:僕は、もう音楽はエンタメとして弱いんだろうなと思っているんです。音楽よりも刺激的なものがたくさんあるし、音楽って楽しむまでに勉強しなきゃいけないことが多すぎるし。他のエンタメに比べると、言語に近いコミュニケーションツールっぽさがあって、追い追いコミュニケーションのためのお役立ちツールになるだろうなと想像しています。

――TikTokなんて、まさにそうですね。

猪爪:でも、芽は消えていないと思いますし、音楽が盛り上がる未来は来るかもしれない。そうなって、ようやくまた商業の兆しが芽吹くのかなと。サブスクのお金の回り方は多くの人が言うとおりおかしいですから、今の状態が長く続かないことは目に見えています。この状況は、すぐに壊れるだろうなと。それでお金になる人はすごくラッキーだと思いますが、そうじゃない人たちがミュージシャンの中には大勢いるんです。数十万回も再生されているのにぜんぜんお金にならない仕組みなんて、おかしすぎますよね。なので今、ミュージシャンは、完全な荒野に立っているんだと思っています。ただ、逆にこれ以上悪くなることはない気もするんです。

下村:荒野で不遇だと、いいこともある、面白いことも生まれる、とも僕は思います。たとえば、イギリスのパンクムーブメントが出てきた時みたいに。ネットラッパーが現れたり、家でトラックを作る人が注目されたり、引きこもりの子が「歌ってみた」で活躍したり、ああいうシーンはめちゃめちゃいいなと思っています。でも、ロックバンドにとっては絶望的な状況ですよね。レコーディングスタジオでドラムを録れなくなるし、コロナもあいまって機材費は高くなるし……。

猪爪:本当にそうですよね。

下村:「そのうちバンドはいなくなるけど、大丈夫?」とは思っていますね。でも、レコードやCDが売れていた80年代や90年代が異常だっただけかもしれない。音楽ってもともと、スコアを売ったり、貴族のパトロンがいたりして成り立っていたわけじゃないですか。そもそも、音楽そのものの価値は、モノにあるわけではないですし。最近思うのは、ライブのゲストリストに友だちの名前を書いておくことはよくありますが、友人の居酒屋や美容室に行って、「友だちだからタダで飲ませろ」「タダで髪を切れ」なんて言わないですよね。音楽ってその人次第で価値が変わるから、値段が付けづらいんだろうなと。音楽が好きで応援しているんだったら、夢や幻想をエンタメ的に見せていないで、「本当に危機だよ」ということを言っていかないといけないと思う。ただ、僕は諦めている部分もあるので、好きな人に見つけてもらえたら、それでいいかなとも思っています。もちろん、僕が生きている間は必死にやるつもりです。

 

理想的な音楽のあり方

――今回、アユさんと一緒にひとつの作品を作ってみて、下村さんはいかがでしたか?

下村:それはもう、自分からお願いしたものだから、嬉しかったですね。いい冥土の土産ができたなって(笑)。「アユくんって、こういうところがいいんだ」とか、「だったら、こういうことも一緒にできそう」とか、たくさん見えてくるものがありました。

猪爪:それが具体的に何なのか、聞きたいですね(笑)。

下村:いや、僕には考えがあるので、今はあえて言葉にせず(笑)。来年、the chef cooks meが結成20周年なので、その時にも一緒にやりたいですし、今後に繋がるセッションができたと思います。僕としてはとにかく、時を経て、すれちがいがありながらも、一緒に作品を作れてよかった、という思いですね。

猪爪:むっちゃ勉強になりましたし、楽しかったです。最初の出会いから時間が経って、「今、こんな感じだよ」「こういう人たちと音楽をやっているよ」と見せてもらえて、それを交換できたと強く感じました。僕も、「音楽を作るこんなやり方を見つけました」とシモリョーさんに伝えられたので、2人のいい着地点になりましたね。それぞれの現場で音楽をやってきた報告を通じてコミュニケーションができて、それは僕にとって理想的な音楽のあり方なので、最高の仕事ができたんじゃないかなと。

――10年以上の積み重ねがあるわけですからね。

猪爪:でも、懐古にならなかったのもよかったな。

下村:そうそう。それだけ、ちょっとおそれていたからね。

猪爪:でも、過去を壊したかったわけでもないですし。そういう音楽を今やることができて、すごくよかったですね。

下村:うん。なので、あとはこの作品をどうやって聴いてもらえるのかが、本当に楽しみですね。

 

 

RELEASE INFORMATION


the chef cooks me “間の季節”
フォーマット:7”
レーベル:COMPLEX
規格番号:AICP-030
定価:¥2,000+税
発売日:2022年12月3日(土)

tracklisting
Side A: 間の季節 (feat. ayU tokiO, KONCOS)
Side B: 愛がそれだけ (feat. ayU tokiO)

 

プロフィール
the chef cooks me
2003年結成。フロントマンの下村亮介はthe chef cooks meとしての活動のほか、ASIAN KUNG-FU GENERATIONやチャットモンチーのほか、数多くのアーティストのサポートでも活動。TVアニメ「東京24区」(2022年)のED曲“255,255,255”の作詞・作曲・サウンドプロデュースや、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが担当した劇場版「僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ワールドヒーローズミッション」(2021年)の主題歌と劇中歌の共同プロデュース、LiSAの10周年記念ミニアルバム『LADYBUG』(2022年)収録曲の編曲、最近では2022年11月16日リリースの家入レオの新曲“かわいい人”で作曲・編曲・共同作詞を務めるなど、幅広いアーティストの楽曲制作に参加している。

ayU tokiO/猪爪東風
いくつかのバンドでの活動を経て、2012年にソロプロジェクト「ayU tokiO」としてカセットテープ作品のシリーズ『NEW TELEPORTATION』をリリース。単独での弾き語りから、コーラス・ギター・ベース・キーボード・ドラム・バイオリン・ビオラ・フルート・トランペットなどを含む大編成のバンドセットまで、様々な形でライブ活動を行う。サウンドプロデュースで鈴木博文・SaToA・太田貴子など、ギターサポートで藤原さくら等、歌唱でパソコン音楽クラブなどの作品やライブに参加。主宰レーベル「COMPLEX」からはMURAバんく。、TOURS、Perfect Young Lady、OCHA∞MEなどの作品をリリースしている。2021年にレコーディングスタジオ「日野音楽室第III」を開設し運営するなど、多岐にわたり活動中。

 

2022年12月02日(金)
東京・下北沢LIVE HAUS
「シェフクックスミー と アユ・トウキョー」
出演 : the chef cooks me / ayU tokiO
OPEN 19:00 / START 19:30
一般前売り券 : 全自由 ¥3,500 (税込・1DRINK別)

チケット販売 (the chef cooks me STORE)
https://tccm-goods.stores.jp/items/636bac7fc92c5d535827977a
※チケットは「STORES電子チケット」のみでの取り扱いとなります。