Last Update 2018.12.13

祝!! 30周年! CLUB SKA KING NABEインタビュー

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KING NABE率いるCLUB SKAが30周年ということで、めでたくNABEさん著によるヒストリーブックが出た。
構成はルードボーイ・ミュージックに精通しまくっているライター、宮内健さん。とても読み応えがあり、腹かかえて笑ったり、勿論スカ、レゲエのガイド本としても読めるし、かつてのクラブ・シーンの記録が2018年に刊行された意味なども考えさせられる、味わい深い一冊です。30周年ということは、1988年に立ち上げられたクラブイベントなのだけど、その頃の僕と言えば、(今年57才)ニューウェイブや2 TONEスカが一段落し、でもまだひねくれた思考が強くて、人が死なない、ラブシーンもカーチェイスもないのに不思議なドラマを醸し出すジム・ジャームッシュの映画や、下北沢Ray’s Boogieみたいなロック喫茶でもディスコでもないお店に入れあげていて、NABEさんはその頃、勃興していたクラブ・カルチャーの華だった。僕からしたら、新しいタイプの(アンチ・)ヒーローであり、彼らこそがヴィンテージ・レゲエやスカを聴く上でのマイルストーンだった。ここでは、NABEさんが結成メンバーで、今でも深い縁のあるスカフレイムスのことも含め、話をうかがった。

取材/文:本根誠

 


 

本根: 単行本読んで、まずびっくりしたのが、NABEさんは、ものすごく初期の段階から、クラブでどんな音楽をかけるか、だけではなくてクラブ全体のムード、一晩を通してのクラブの在り方まで、考えていたんですね。同じ時代に同じような場所にいたのに、あんなにお客さん想いのイベントをしてたんだな~と、感動しました。

NABE: 最初は、GAZ MAYALLのGAZ’s Rockin’ Blues に影響されて、松岡徹や、のちにスカパラになる青木達之とCLUB SKAを始めたんだけど、やっているうちに、あの明るいスタイルになっていった、というか、それを目指したんだ。
たとえばね、GAZ’s Rockin’ Bluesは、実はかけるレコードは全部ギャズの物だけ、というしばりがあって。他のメンバーも勿論コレクターなんだけど、かける曲のレンジを限定することで、イベントとしてのカラーを打ち出してたと思う。ジャマイカのサウンドでもそういうスタイルのところはあるみたいだね。俺はそこまではしないけど、そういう全体のムードには気をつかってるね。

本根: 本には、ヘッドフォンを極力使わずに、自分が楽しく踊ればお客さんも楽しく踊る、みたいなのを目指したって書いてあって。DJというより、プロデューサーだね!

NABE: CLUB SKAやる前から、松岡とは良くDJをやっていたけど、彼は当時モデルなんかもやっていて、女の子にきゃーきゃー言われていて、俺の周りは男ばっかでね(笑)。ということは、俺はどろくさいスタイルで行こう、とかは考えていた。

本根: 俺もP.ピカソのギャズとか遊びに行ったよ! DJ ブースからドーナツ盤をびゅんびゅん投げてお客さんにあげちゃうでしょ。

NABE: あれは、あげる用のレアじゃない盤(笑)。24才でCLUB SKAを始めたんだけど、クラブと呼べる場所も確立されてなくて、俺らの上も大貫憲章さんのLONDON NITEぐらいしかいなかった。DJ COBRAのロカビリーナイトにしてもGang Stage の黒田マナブにしても、前例、先達がないので、自分らで考えながらムードは作っていったんだよね。会場が新宿のWIREになった時は当初集客も落ちて、みんな集めてミーティングしてね。「DJが座ると盛り上がんないから立っていよう」とか、「お客さんにはこっちから声かけてリラックスさせてあげよう」とかね(笑)。俺らサービス業なんだから一晩のプロデュースのつもりで、、みたいな感じになっていったんだよね。

本根: にしても、DJもお客さんも、ものすごくストレンジな格好だったよね。君たちどこで買ってきたの?みたいな。入手方法も不明なら、着こなしもみんな独特。それが良かった。今どきは、お客さんもDJもバンドもドレスダウン、らくちんな格好だけど、夜遊びにオシャレして出かけるのは、やっぱり楽しいね。

NABE: そうかもね。特にP.ピカソのお客さんは独特だったかも。Dr.IHARAなんかも最初はハイウェスト、とかルックスで呼ばれてた。そうかと思うと青木はいつもトラッド。真夜中のクラブでもブレザーとかベストとかピシッとね。この本の写真にもそういう空気は、写っているね。今でいうと、きゃりーぱみゅぱみゅとか、りゅうちぇるとか、今どきの原宿の着こなしにも、わかる人にはかわいい。わかんない人にはストレンジ、みたいなのはあるよね。俺らとはベクトルはまるで違うけど。

本根: それだけ、クラブ・イベントをばしっとやっていたのに、単行本の中には“これで食べていこうとは思わなかった”という記述もあるね。

NABE: そういう、あえて専業のミュージシャン、音楽関係者にならない、というのは、俺がやっていたスカフレイムスの、他のメンバーから俺が影響を受けて、それが、CLUB SKAの中でも、まず個々の生活をちゃんと楽しんでCLUB SKAには集まろう、というムードになったんだと思う。フレイムス結成して数年経って、お客さんとかどんどん増えて、俺とかは、すわこれでいけるかも、と思った瞬間もあった(笑)。

本根: 今でこそ、下手にメジャーに行くよりインディでやっていた方がうまく事が運ぶ、みたいな選択肢はあるけど、当時でインディペンダント、セルフ・マネジメントといえば、メーカーにフックアップされないアマチュアが自主盤で~、みたいな風潮はあったじゃない。でも、ファースト・アルバムが出る頃には、俺みたいにクラブに行くような人の間では、スカフレイムスは権利をメーカーに渡さないらしいよって、ある程度有名だったよ。あの時期からの、音楽性は爽快感もあって楽しいけれどマニアックさもバシッと打ち出して、かつ、何者にも縛られない、というスタンスは、シーンを励ましたな、と思っている。そういうバンドをやってた人のヒストリー・ブックを2018年、元祖DIYのレーベル、Disk Union大塚修弘さんが出すのがすごくうれしいんだよね。

NABE: 最初に、のちにスカパラに入る冷牟田竜之にプロデュースしてもらって「Tokyo Shot」のシングル出して、ファースト・アルバムをUKのGAZ’Sレーベルが出してくれることになって、GAZ’Sは日本ではソニーが契約先で、俺らはソニーの洋楽アーティストになった。セカンドを出すことになった時にも、権利を譲渡しなかった。あの辺の動きは経理もやっていたベースの宮永桂のスタンスだったけど、勿論メンバー全員の意志だったよ。
スカフレイムスは、インディでやっていこうと志していたけど、いろんな出会いに救われたバンドでもあると思う。SMASHの日高さんや、インクスティック芝浦(1000人キャパ)の田中哲弘さんとか、いろんな人に助けられて、メジャーに行かなくてもメジャーなみの活動ができるようになっていったんだ。
生活がちゃんとあって、その生活が楽しいから音楽にも没頭できる。絶対妥協しないでお客さんのためだけに楽しくできる。そういうスタンスでずっとやってるからな~。だから30年も続いてるんだろうね。営業ノルマだけだと、CLUB SKAもやめようってなっていたと思うけど、もはやCLUB SKA自体が生活の一部なのかな(笑)。生活することはやめないからね。


 

■書籍情報

THAT’S CLUB SKA!!
原宿・西麻布・新宿・渋谷 東京クラブ・シーン黎明期

KING NABE[著] 宮内健[構成]
本体価格:2,300円+税
仕様:A5・208ページ・並製
発行元:DU BOOKS
発売元:株式会社ディスクユニオン
詳細はこちらから


■イベント情報

CLUB SKA 30th Anniversary

日時:2018年11月10日(土)

OPEN: 15:00 / START :15:00
会場:at クラブチッタ川崎

料金:前売り¥4,800 +1drink

【Band】
THE SKA FLAMES/TOKYO SKA PARADISE ORCHESTRA/KING NABE & THE Vikings/Oi-SKALL MATES/BRAVE LION/THE AUTOCRATICS
【DJ】
CLUB SKA ALL STARS
(KING NABE, PRINCE MATSUOKA, Dr.IHARA, RAS TARO, GUN SEKI, YOSSY, BOBO,KO-TA-RAW)

詳細はこちらから