濱田大介(Little Nap COFFEE)
代々木公園近くでコーヒー・スタンド“Little Nap COFFEE STAND”や、コーヒー豆の焙煎から手掛けるショップ“Little Nap COFFEE ROASTERS”を手掛けるバリスタとしての顔に加え、DJとしても活躍するのが、濱田大介。“東京で一番ここのコーヒーが好き”ということで、いつしか常連となった平間とともに、昨今、新らたにビンテージ・スピーカーを導入した“Little Nap COFFEE ROASTERS”を訪れた。1F/2Fがショップ、3Fがアトリエという多層的な空間でのアナログ・レコードの楽しみ方について話を聞いていこう。
撮影/取材:平間至
取材/文:細川克明
-- そもそも、濱田さんと平間さんが知り合った経緯からお聞かせください。
濱田 最初に会ったのが、タワーレコードのプロモーション企画“NO MUSIC, NO LIFE?”の撮影で、2017年です。よく一緒に活動している人たちに混じって、こっそり入れていただく機会があって。そこから平間さんがお店の方にちょくちょく遊びに来てくれるようになった感じです。共通の友人も多いことが分かって。
平間 最初に行くようになったのは、Little Nap COFFEE STANDの方ですね。
濱田 そこでは、いつも音のことを気にしていただいて。
-- 2人の話題の中にはオーディオ関連のこともあったんですね。
濱田 そうですね。Little Nap COFFEE ROASTERSをオープンするときに音の件を相談したんです。僕はあまり真空管アンプについて知らなかったので。アルテックとか、マッキンとかくらいの知識ですね。そこで、平間さんに真空管アンプのメーカーの方を紹介いただいたりしました。
平間 サンバレーの方ですね。まずは、Little Nap COFFEE ROASTERSの3Fでライブをやるときに、PAをオーディオ用の真空管アンプでやるという割と大胆なことをやって。
濱田 スピーカーは今も使っているタンノイ Berkeleyだったんですが、それと組み合わせるパワーアンプについて相談にのってもらって。結果的にサンバレーの真空管アンプを使わせてもらいました。音の温かみも印象的だったんですが、真空管アンプ自体の熱量もすごくて(笑)。
平間 アンプ本体の熱量にプラスして、サンバレー大橋さんの熱量ですね(笑)。
濱田 ケーブル関連への熱量もすごかった。そのときはGABBY & LOPEZにライブをやってもらったのですが、そのときの印象がすごく良くて。そこから、お店に合うシステムをいろいろ相談したんですよ。そうしたら、サンバレーの機材を持ってくるのではなく、アルテックの真空管アンプだったんです。僕がモノラルで鳴らしたいということを伝えていたこともあって。お店はリスニングポイントが決まらないので。
-- それでタグチの多面体のスピーカーを選ばれているんですね。
濱田 そうですね。タグチはツィーター的な感じで、低域はJBLのLX44でベース音を鳴らすイメージです。それで、アルテックの真空管アンプはJBL用ですね。店内のどこに居てもL/Rを気にせずに聴けるのと、ちょっと大きめの音量でも会話がしっかりできるように、ということです。
-- では、3Fに置かれているタンノイのBerkeleyという古いスピーカーを使うようになったきっかけは?
濱田 知人が最初に使っていて、その知人から譲ってもらいました。5年くらい前になるのかな。
平間 2人の出会いの話に戻っていい? 最初は撮影のためにお店に行ったんですけど、雰囲気も良いし、コーヒーも美味しいし、音もすごく良くて。僕の中で、なかなか東京で自分が好きなコーヒーを飲めるようなお店でピンとくるところがなくて。だから、本当に出会っちゃった感じです。ロケーションも含め、自分にピッタリくる店が無かったので。きっかけは撮影だったんだけど、本当に大好きなお店です。
濱田 光栄です。
平間 SNSなどでも濱ちゃんの顔が出ていると、サブリミナル的に行かなきゃって(笑)。周辺には知人のミュージシャンも多いというのもあるけど、純粋なお店のファンとして通っています。家族みんなそろって、“Little Nap大好き”ですね。空間というか、お店のスタッフを含めて。
-- 平間さんが真空管アンプについて濱田さんから相談を受けた際、まずサンバレーの方を紹介した理由は?
平間 僕の中では、“真空管アンプ=サンバレー”なので。コーヒーだったら、Little Nap、真空管ならサンバレーみたいな感じで、僕のお薦めはハッキリしている(笑)。だから、持ち込んだ真空管アンプがアルテックだって聞いたときは驚いた。
濱田 僕は個人的にアルテックはあこがれのメーカーでもあったので。アルテックと言えば、A7やA5(編注:共にフロント・ホーン型の大型スピーカー)、銀バコ(編注:正式な型番は612Aという15インチのユニットを搭載したモニター・スピーカー)を知っていたこともあって。古い音が好きというのもあるんですよね。もちろん、最新の音楽も好きなんですが。それで、このお店に合うシステムを提案しもらっていいですか、ってお願いしたら、アルテックの真空管アンプを持ってきてくれたと。
平間 自社のプロモーションではないんだよね。オーディオ好きがこの空間で鳴らすなら、という発想。音もそうだけと、ルックスも空間に合うかをすごく考えたんじゃないかな。
濱田 そこにはすごく、くすぐられましたね。もともとは担当者の方の私物だったんですが、購入させてもらいました。
-- 最初に鳴らしたときの印象は?
濱田 やっぱり良いですよね。音の太さだったり、温かみであったり。ただ、このシステムで固定ということはなくて、いろんなアンプと使い分けていたりするんですけどね。真空管を交換すると音が変わることも教えてもらいながら。機材面のマニアックなことじゃなく、僕が気になる質感みたいなところも、すごく丁寧に教えてくれるんです。
-- 楽器を演奏することもあって、ギター・アンプなどにも使われる真空管とも親和性が高かったのでは?
平間 ギター・アンプはオーディオ用とは別モノのような気がするんだけど、どう?
濱田 ギター・アンプもオーディオ用も決めごとのようなものは、あまり無いですね。何ていうんだろう……あまり知識があるわけじゃないので、いろいろ試してみて音を作っていくのに興味があるんです。オーディオであれば、スピーカーの位置を変えてみたりとか。
平間 DIY型だね。
濱田 そうなんです。お店にしても、自分たちで内装もやりたいタイプなので。毎日のようにスピーカーの位置を変えてみたり、ケーブルを変えてみたりして、音が変わるのが楽しいので。
-- ちなみに、アルテックの真空管アンプとウェスタン・エレクトリックのランドセルが到着して、最初に聴いたレコードは?
濱田 ボブ・マーリー『Legend』だった気がします。近くにあったというのもあるし、あまり新しい音じゃないだろうなというのもあったし(笑)、音の質感なども好きなアルバムなので最初に針を落としたと思います。
-- 平間さんの音の印象は?
平間 ランドセルが到着したのがライブ当日だったこともあって、じっくり聴けなかったんだよね。PAも含めて、てんやわんやな感じだったから。
濱田 ワサワサしていましたね。
平間 先ほどのDIY型の話もそうなんだけど、2軒あるお店は、どちらも濱ちゃんがオーディオのセッティングをどんどん変えていくんだよね。結構、濱ちゃんの気持ちがこちらの店にあるんだなとか、こっちはちょっと手を抜いているなとか(笑)。
濱田 (笑)。全スタッフが好きなんですが、今はこのスタッフを育てているところだからとか、この店の成長のためには、とかいろいろ考えて。八方美人ではないので。ウチのスタッフからも言われたことがありますから。“平間さんにも言われたんですが、(Little Nap COFFEE)STANDのことも、もう少し気に掛けてください”って。
平間 (笑)。本当に大好きな店だから、両方とも良くあってほしいので。濱ちゃんの気持ちが音に一番出るのかもしれない。
濱田 スピーカーの位置なども照明などと近い感じで、いろいろ移動させていますからね。
-- スピーカーの位置を変えると、スタッフからも反応はあるのでしょうか?
濱田 スタッフ全員がオーディオに興味があるわけじゃないんですよね。ただ、僕はちまちまやっていること……僕自身はコーヒーの仕事を20年以上やっていてファストなものに飽き飽きしていることもあって、音楽についてもレコード1枚1枚に針を落とす行為に魅力を感じているんです。スタッフはどこに針を落としていいのか分からないというスタートだったりするので、そこからの教育。平成生まれだったりするので、そもそもレコードを聴いたことがなかったり。だから、レコードの盤面の掃除の仕方を教えたりといった感じなんですが、レコード針がよく折れるんですよ(笑)。そのたびに話をするんです。レコードは大切に扱ってあげてこそ、音が出るんだよってことを。
平間 本来がオーディオを聴くための空間ではないからね。コーヒーを飲んだり、会話を楽しむときに心地良い空間なわけだから。そのための音楽というのがポイント。
濱田 プレイリストを作ってあげれば簡単なのかもしれないけど、一日の中で流れがあって、そこから音楽を選んでいく。選曲をしていくのも大切なんだなって思います。雨が降ってきたら、このアルバムをかけるとか。
平間 その話を聞いて思ったんだけど、撮影しているときにアシスタントは選曲がうまくなったら一人前に近いんです(笑)。
濱田 (笑)。シチュエーションを考えられるってことなんですね。僕を含めて全スタッフがお店で起こることを1日のドラマだと考えると、どういうタイミングでどんな選曲をすると気持ちがフッと入ってくるのか。若い人が子供っぽい曲をかけていると、子供っぽい空間になってしまうけど、僕がこんな感じかなと思って、ある曲をかけたときにお客さんがホロッと泣いていたことがあって。その曲で泣いているのか分かりませんが、僕からはそう見えたんですね。
-- 良い話ですね。
濱田 外からの雑踏の音やコーヒー豆の香りがありつつ、音楽が鳴っているのって、何だかドラマチックというか(笑)。僕は好きなんですよね。
平間 もちろん、コーヒーは味覚と臭覚に対して刺激があって、視覚は店内の光景であって、聴覚は音楽があって……五感すべてをLittle Napの中でどうしていくかなんだろうね。
濱田 独立するスタッフも自分の店にレコード・プレーヤーを置いてくれているんですよね。Little Napに入るまではレコードを触ったこともなかったのに。それと、レコード棚を見せてもらったら、自分の世界観を構築中なんだなって分かったり。
平間 すごく夢があるよね。そんなに大きな店舗じゃなくても、コーヒーを通して文化的な発信源になれるって、夢を見られるビジネスなんじゃないかな。
濱田 僕自身が20数年前にはバリスタっていう言葉も浸透していなかったんですよね。コーヒースタンドっていうスタイルを一から築いていった感じなので、そういってもらえるとうれしいですね。お金がなければ工夫するじゃないですか。その工夫をするってことが重要。好きなものを育てていくのが成長だと思っているので。
-- 結果的にアルテックのアンプと、ウエスタン・エレクトリックのスピーカーを導入したわけですが、次に狙っている機材はありますか?
濱田 今あるものを大切に使っていくってことですね。ただ、野望ってフッと訪れるものじゃないですか(笑)。出会いもあったりしますからね。今はスピーカーのエッジを自分たちで修理したり、セッティングを変えたりしているのが楽しいですね。使いこなしというか、日常になじめばいいですね。
-- ちなみに、この取材中はBGMを止めていただいていますが、もし濱田さんがBGMを選曲するとしたら?
濱田 ローラ・ニーロ『Gonna Take A Miracle』ですかね。
平間 いいね。
濱田 偶然、パッと眼に入ったんですが、ジャケットも好きなんですよね。
-- 濱田さんは普段、どのスペースで音楽を聴くことが多いんですか?
濱田 3Fですね。スピーカーはタンノイが多いです。PCに向かって仕事をしながらだったり、ソファーに座って談笑しながらだったり。あと、友人のミュージシャンたちが白盤(編注:本番のプレス前にサウンドチェックを行なうためのテストプレス)を持って来て1Fと2F、3Fの全フロアで聴き比べをすることも多いんですよ。スピーカーの特徴やアンプの特性なども違うので。
平間 スピーカーに対峙して聴くというよりも、生活の空間でどう聴こえるかチェックしたいんだろうね。
濱田 レコードによって本当に出音が違うから、カッティング・エンジニアって要になるんだなと、あらためて思いますね。
-- アナログ・レコードを聴くことも、ハンドドリップでコーヒーを入れて飲むことも、どちらも手間のかかる行為ですが、共通項みたいな部分を感じますか?
濱田 コーヒーにフォーカスして、お酒を出さない店を出したというのは、自分としてレヴェルなんですよね。静かに社会に対して物を言うというか。南米にしてもアフリカにしてもそうなんですが、コーヒー豆って石油に次ぐ利権なんです。先進国で消費するための生産物なので。決して豊かでない国で学校も行けずに幼い子供がコーヒー豆を生産している姿を見ると、自分たち飲んでいるコーヒーって表現の20%くらいしかやっていないんだなって感じるんです。一次生産をやっている人たちがいて、そこがブラック・ボックスになっていたんですが、安い労働賃金でやることになっていたことから見つめ直そうと。そうするとコーヒーの入れ方も変わってくる。自分の趣味だけじゃなくて、そんな背景がきっかけにあって1杯1杯のコーヒーを大切に入れる原点回帰があったときに、レコードにも同じ匂いを感じたんです。CDすら売れない時代になっていたので。物を減らす時代になったというか、スマートになることを目指しているけど、そこで失われるものってあるんじゃいかなと。僕は、そこに時間をかけることで、1つの自分を見つめ直す機会になると思っていて。針を落とす時間や、音の質感などもカウンター・カルチャーなんですよね。物に対する価値をもう一度見直していきたいんです。
平間 アナログ・レコードって人が介在する余地が大きいんだよね。ちょっと針圧を変えただけでも音が変わったり。コーヒーもちょっとした秒数や温度などで味と香りが変わるので。
濱田 そうですね。物を静かに熱く感じたいというか、レコードもハイエンドな音が良いということじゃなく、質感が大切なんです。消費するのではなく、時間を掛けるのが好きなんでしょうね。
■audio equipments(3F)
●スピーカー:Berkeley(TANNOY)
●パワー・アンプ:XLS402(AMCRON)
●ミキサー:Venice160(MIDAS)
●フォノ・イコライザー:Tri-EQ2(TRIODE)
●レコード・プレーヤー:SL1200MK2(Technics)
●カートリッジ:Concorde Night Club E(ORTOFON)
■audio equipments(2F)
●スピーカー:KS-12046(Western Electric)※通称ランドセル
●パワー・アンプ:M-200(LUXMAN)
●DJミキサー:DJM-350(PIONEER)
●レコード・プレーヤー:SL-1200MK2(Technics)
●カートリッジ:M44G(SHURE)
■audio equipments(1F)
●スピーカー(低域):LX44(JBL)
●スピーカー(中域/高域):Cube130 Series(TAGUCHI)
●パワー・アンプ(低域):342B(ALTEC)
●パワー・アンプ(中域/高域):D-45(CROWN)
●DJミキサー:Xone:23(ALLEN & HEATH)
●レコード・プレーヤー:SL-1200MK3(Technics)×2
●カートリッジ:M44G(SHURE)×2