大沢伸一(MONDO GROSSO)
撮影/取材:平間至
取材/文:細川克明
音楽の作り手であるアーティストが、どういった環境で音楽を聴いているのかを、写真家の平間至とともに探っていく連載企画『Listening Room』。今回は、MONDO GROSSO名義で14年ぶりとなるアルバム『何度でも新しく生まれる』を6月7日にリリースした大沢伸一に登場いただこう。取材場所となったのは、大沢自身のアナログ・レコードを聴きたいという思いからプロデュースに至ったGINZA MUSIC BAR。英国製の大型スピーカーとビンテージのアナログ・プレーヤー×2台がカウンター内にセッティングされているラグジュアリーな空間で話を伺った。
--GINZA MUSIC BARを手掛けるようになった経緯から聞かせてください。
大沢 代々木VILLAGE内にあるバーが前段階になるのですが、そこの施設自体を一緒にやろうよと、2011年に小林武史さんから誘っていただいて。そこから5年経って、僕自身はVILLAGEのプロデュース期間が満了したのですが、レコードをかけるバーをやるという発案に一定の評価をいただいて。僕は京都でレコード・バーをやりたくて、物件を探す旅をしていたんです。そんなときに、友人で、このビルのオーナーでもある鳥羽君と話をしていて、たまたま彼がここでビルを建ててテナントを募集していたんです。京都もいいのですが、その前に一度、銀座という土地でやってみてもいいのでは、と。それで、僕と鳥羽君に加えて、代々木からの流れもあって小林さんにも参加してもらい、3名のオーナーシップで始めました。
--VILLAGEで得たノウハウを踏襲しつつということですね。
大沢 ほぼそうですね。そこでのノウハウをさらにアップデートさせた感じですね。
--こちらで収蔵しているレコードはVILLAGEと比べてかなり違うのでしょうか?
大沢 そうですね。全く違うということはないけど、銀座ということで何かを変えたというよりは、レコードを買うときの必然。みなさんご存じのように、新品ならまだしも、中古レコードというのは縁なので。ここのレコードを仕入れるときに出会ったレコードです。自分の人生に影響を与えたレコードが多くて、当然、僕のコレクションを持ち込んだりもしていますね。
--どれくらいの時間をかけて、店内にあるレコードを集めたのでしょう?
大沢 これは大変ですよ。やっぱり1日で買える訳ではなく、期間で言えば2ヵ月くらいかな。回数で言うと、14、15回。1カ所で済むわけじゃないし、同じ店でも1ヵ月後に再び行ってみたり。レコード店は地方に行くことが多いんです。つい先日も金沢でMusic Barをプロデュースしたのですが、そこのレコードで一番多かったのが、埼玉の北浦和で買ったものでしたね(笑)。ディスク・ユニオンの北関東で最大の店舗があって、その金沢のお店のために2回買い付けに行きました。1回目に行ったときは、2時間くらいで買える物が350枚くらい見つけられて。そんなことってものすごく少ないんです。都内で買っていると、一度出かけて買えるのは50枚が限界ですから。そう考えると、300枚以上というのは破格。店員さんも驚いていました(笑)。
--そういったときに、ご自身のコレクションとのダブりなど、混乱したりはしなかったのですか?
大沢 それは対策を考えていて、購入した盤は写真を撮っていくんです。そして、検索すれば出てくるようにしています。ただ、今後のためにダブらせて買うものもあるんです。これまでに一番多く買ったのは、ホール&オーツの「I Can’t Go For That(No Can Do)」が入っているアルバム『Private Eyes』ですね。これは14、15枚あると思います(笑)。
--レコードを聴くときにオーディオ・システムはすごく重要な要素だと思いますが、VILLAGEとの共通点としてタンノイのWestminsterが挙げられますね。
大沢 そうですね。Westminsterを選んだのは僕がこだわった部分ですが、アンプやプレーヤーなどは鳥羽君の方がこだわっていましたね。
--一般的にはタンノイのスピーカーはクラシック愛好者に人気があるイメージですが、大沢さんとタンノイとの出会いは?
大沢 恵比寿にあるBAR MARTHAでAuto Graphを聴いたのが初めてですね。こんなに聴き疲れしないスピーカーがあるんだと思って。同軸ということも関係しているのかもしれませんね。
平間 伸ちゃんが作る音は、どちらかと言えばハイエンドな音だけど、GINZA MUSIC BARのスピーカーはどちらかと言えば、ほんわかした音だよね。
大沢 そうですね。スタジオではディティールまで全部見えるようなバキバキの音のシステムでずっと作っているので、音楽を聴くときはそういった聴き方をしたくないんでしょうね。僕は自宅ではリンのスピーカーで聴いているんですが、それもどちらかと言えば柔らかい音なんです。昔はスタジオで作って、家に持ち帰ってそのスピーカーで聴くと、ふぬけた音に聴こえてしまって……ハイエンド・オーディオの音って一切分からないと思っていたんですが、今では家で聴く音の方が好きですね。聴く音楽の種類にもよりますが。密度的には、詰まっているけど、柔らかい音というか。
平間 制作とリスニングで逆方向なのが面白いなと思って。
大沢 (制作とリスニングで)全く逆ですね。言い換えれば、パッと店に入って来たときに音の押しは強くないんです。ガツンとした音はしていなくて長時間居ても聴き疲れしないし、なおかつ聴けば聴くほどちゃんと聴こえる音が認識できてくるというか。
平間 耳で聴くと言うよりも、居心地の良さなんだろうね。
大沢 そうですね。よくできたスピーカーだと思います。ただ、ここでは反則技をいっぱい使っていて、サブウーファーを入れたりしていますが(笑)。その恩恵もあるとは思います。オーディオ・マニアの方からすれば反則技だと言われると思いますが、僕たちはこっちの方が気持ち良く音楽が聴けると思ってやっているので。
平間 Westminsterもユニットの口径が大きくて38cmくらいあるのに。
大沢 同軸スピーカーなので、ちょっと違うんですよ。もちろん、Westminsterだけで聴いている人が多いとは思いますが、僕たちの判断ではサブウーファーがあった方が良い音楽の方が多いと思います。それこそ、このスピーカーが設計されたころの音楽を聴くのであればまだしも、現代のUKで作られているエクスペリメンタルR&Bみたいな音楽を聴くときに、Westminsterだけで再現させるのは酷でしかない。音量を出すだけではダメなんですよ。昔の音楽でさえ、低域が出ていると聴こえ方が変わるので。新しい音楽の聴き方の提案です。
--VILLAGEやGINZA MUSIC BARを手掛けた一連の動きが制作面に影響を与えたりは?
大沢 直結では言葉にできないのですが……レコードを持っていてもなかなか聴く機会がないじゃないですか。店をやる原動力の1つに、レコードを聴くというのがあるので。僕は、ここに来るときも仕事として来ているというよりは、レコードを聴きに来ているんですよね。プロとして音楽を作るようになると、聴くことが減ってしまう……僕は意識的に聴くようにしている方だと思いますが、どうしても聴く時間が減ってしまう面がある。それは自然となっていくもので、その時間を巻き戻すというか、ちゃんと音楽を聴くというところに立ち戻れている気がします。
平間 クラブでレコードをかけるのは、どちらかと言えばお客さんに楽しんでもらうためだけど、ここでは自分も楽しめるようにということ?
大沢 そうですね。だから、リクエストも受け付けていないですし。かと言って、話し声が大きい方が来たらダメということはないんです。音楽は杓子定規なものではないと思うので、ある程度は寛容に。
--店内に収納されているレコードはどういった区分けになっているんですか?
大沢 ソファー席の上部にあるのは、ほぼディスプレイです。よほどのことがなければ引き出してこない。ターンテーブルの置かれたブースの背面にびっしり入っているレコードが主力です。基本的に、すべての名盤をまんべんなく置くということではなく、かかわっている人の人生にちゃんと存在していた音楽しか置いていません。だから、すごく有名なアルバムが無かったりということもありますね。ビートルズもすべて揃っていなかったり。優等生みたいにすべて揃っていなくていい。僕たちが好みで集めたレコードを共有しているんです。
--MONDO GROSSO名義で久しぶりの新作を発表するにあたって、先行シングルをアナログでもリリースすることになったのはご自身の判断ですか?
大沢 誰が言い出すわけでもなく、自然と決まりましたね。
--先行シングルとして「ラビリンス」を選んだ理由はなんだったのでしょうか?
大沢 最初にできた曲だったんですよ。あの曲を基点としていろんなコンセプトなども決まったので。日本語で全曲やろうといったことであったり。
--シングルにはリミックスなども収録されていますが、これはラウンジなどでのプレイを想定したのでしょうか?
大沢 そうですね。ミュージック・バーとかね。
--そういった意図について、VILLAGEやGINZA MUSIC BARでプレイしてきたことの影響は?
大沢 すごくあるでしょうね。クラブでのDJだけであれば、そういった発想にならなかったはずなので。
--新作『何度でも新しく生まれる』は、実際にどれくらいの制作期間があったのでしょう?
大沢 1年3ヵ月くらいですかね。最初の3ヵ月は構想の時間で、そのときにできた曲はすべてボツにしたんです。そう考えると、結局は1年くらい。
--全編が歌モノということを考えるとボーカリストの選定は重要な要素になりますが、どのようにして選んでいったのですか?
大沢 マネージャーとレコード会社のA&Rがほとんど選びました。僕からの提案はほぼゼロですね。今回のアルバムはミュージシャンとコラボレートしていると同時に、スタッフとも一緒に制作しました。愛情も知識も、思い入れもノウハウも共有しているわけなので。スタッフからの意見も素直に取り入れて。
--参加しているボーカリストの選定も意外性がありますよね。
大沢 そうですよね。前のアルバムを作った十数年前は、もっとエゴも強かっただろうし、コントロール・フリークだったと思うんです。年齢的にも。別に丸くなったということではないけど、クリエイションの仕方がこの十数年でもっと柔軟になったんですね。自分の頭の中にあるものを再現するというのは、クリエーションの中ではすごく狭いこと。自分の潜在意識の中に無いようなものを取り入れるにはどうすればいいのかって、ずっと考えてきたので。その延長線上にあるというか、ボーカリストの選定については僕がやっている場合じゃないということにつながっていくんですよね。
--今回、全編で歌モノのアルバムを作ってみて、周囲からの反響は?
大沢 みんな意外だと思ったみたいですね。みんな日本語でやっていて、シンガーとしてそこまでは認識が無い方が参加していたりといった部分で。あとは、MONDO GROSSO、やめていなかったんだというのもあるのかも(笑)。
平間 僕は意外性は感じなかった。すごく正統な進化だと思う。
大沢 僕を知ってくれている人は、そう感じてくれるのかもしれませんね。
--押し出しの強いリズム・トラックの曲をリリースするよりは、時代感とも合っている気がします。
大沢 そうですね。僕はEDMが壊したものってすごく大きいと思っていて。それはEDMだけが悪い訳じゃなく、ダンス・ミュージック全体がポップス・シーンにあまりにも浸食し過ぎた結果、だれも正常な判断ができなくなっている時期があって、今はちょっと沈静化してきている状態。それはダンス・ミュージックにとっても、ポップスにとっても良くないことで、結局は大きな台風に巻き込まれて、過ぎ去った後には荒れ地しか残っていないみたいなことが、この2年くらいだと思うんです。本来、クラブ・シーンはメジャーのポップスに影響されないようなものを、もっと面白いものがあると体現していたのに。ある意味、いびつな形でのマリアージュになってしまった気がするんです。僕は、そこをもう1度、乖離させて、秀逸な音楽を出す。踊れるかどうかは機能なので、それは後でいいんです。まずは素晴らしい音楽であることが前提だと思っていて。
平間 それは明快な話だね。個人的にあまりダンス・ミュージックを聴かないけど、それは機能面が強すぎるんだと思うんだよね。その機能を求めていなくて、ただの音楽として聴きたい人にとっては必要ないというか。
大沢 まさにそうだと思います。
--最後に。アルバムを制作している間に入手したレコードで、意外性があるものがあったら紹介いただけますか?
大沢 アルバム制作の最終段階に入ったときに、金沢のMUSIC BARのオープニングが差し迫っていたんです。それで、アルバムの制作があって精神的にも追い込まれながら、レコードを買いに行かなくてはいけなくて(笑)。北浦和のディスク・ユニオンでレコードを選んでいるときに、すごくラジカルでかっこいい音楽が流れていて。これが誰の音楽か何となく分かるし、これを買ってしまうと影響されて、現在進行形で制作してる曲のアレンジをやり直したくなるな、やばいなと思いつつ買ったのが、ダーティ・プロジェクターズの新譜です。聴いたことの無い音楽で……すごくラジカルで、すごく美しくて。僕のやりたい音楽というか、タイム感も含めて素晴らしくて。結局、買って帰ったけど、怖くて聴けないんです。自分が好きで超えられないだろうと思う音楽だったので。実際にアルバムの制作が終了するまで3週間くらい聴きませんでした。あと、僕が最近よくかけているレコードがあって……ホルガー・シューカイの「Persian Love」。この曲は昔から知っていたけど、テイ(トウワ)さんと会話していて、セルフ・リミックスの12インチがあることを教えてもらって。それをDiscogsで見つけました。アルバム収録バージョンで本人が満足できずに作り直したんでしょうね。アレンジなどはあまり変わっていないけど、音像が違うんです。
■フェス出演情報
「FUJI ROCK FESTIVAL’17」出演決定!
MONDO GROSSOは7/29(土)FUJIROCK FESTIVAL RED MARQUEE(TRIBAL CIRCUS)出演!
MONDO GROSSO 公式HP内 http://www.mondogrosso.com/live/detail.php?id=1054872
■作品情報
MONDO GROSSO 6thアルバム『何度でも新しく生まれる』
Label:cutting edge
発売日:2017年6月7日(水)
品番:CTCR-40388(CD only)/CTCR-40387/B(CD + DVD)
価格:2,800円 + 税(CD only)/3,300円 + 税(CD + DVD)
トラックリスト:
・CD
01. TIME
VOCAL & WORDS : bird
02. 春はトワに目覚める (Ver.2)
VOCAL & WORDS : UA
03. ラビリンス
VOCAL : 満島ひかり
WORDS : 谷中敦 (東京スカパラダイスオーケストラ)
04. 迷子のアストゥルナウタ
VOCAL : INO hidefumi
WORDS : 宮沢和史 (元THE BOOM)
05. 惑星タントラ
VOCAL : 齋藤飛鳥 (乃木坂46)
WORDS : ティカ・α (やくしまるえつこ)
06. SOLITARY
VOCAL & WORDS : 大和田慧
07. ERASER
VOCAL : 二神アンヌ
WORDS : 二神アンヌ, 大沢伸一
08. SEE YOU AGAIN
VOCAL : Kick a Show
WORDS : Kick a Show, 大沢伸一
09. late night blue
VOCAL & WORDS : YUKA (moumoon)
10. GOLD
VOCAL : 下重かおり
WORDS : bird, 大沢伸一
11. 応答せよ
VOCAL: やくしまるえつこ
WORDS : ティカ・α (やくしまるえつこ)
・DVD
Music Video
・ラビリンス
・惑星タントラ
・SEE YOU AGAIN
・TIME
MONDO GROSSOオフィシャルサイト:http://www.mondogrosso.com/