寺岡呼人
音楽の作り手であるアーティストが、どういった環境で音楽を聴いているのかを、写真家の平間至とともに探っていく連載企画『Listening Room』。今回は、JUN SKY WALKER(S)のベーシストとして1988年にデビューし、1993年からはソロでの活動や他アーティストのプロデュースなど、多忙を極めている寺岡呼人に登場いただこう。閑静な住宅街にある自宅の地下のリスニング・ルームに招き入れてもらったのだが、そこに並んでいたのはマニア垂涎のビンテージ・システム。しっかりと分類されたレコード棚からお薦めのレコードを大音量でかけてもらいながらの取材となった。
撮影/取材:平間至
取材/文:細川克明
--2人が知り合った経緯から聞かせてください。
寺岡 僕は1993年にソロ・デビューしたんです。それまではJUN SKY WALKER(S)で。そのときに最初のCDジャケットで写真を撮っていただいたのが、平間さん。確か、平間さんもCDジャケットの撮影をしたのが最初だったんですよね?
平間 そう。アーティストを被写体にしたのは、初めて。
--どういった流れで平間さんにオファーすることになったのですか?
寺岡 アート・ディレクターの中島英樹さんから紹介いただきましたね。
--そのときに“オーディオ”という共通項で話題になったりしたのでしょうか?
寺岡 いや。そのころから好きでした?
平間 オーディオセットはあったかもしれないけど、当時は業界的に事務所にはJBLの4312が置かれているのがおしゃれな時代だったんです。どちらかと言えば、見た目を重視で。そのころは、いろんな機器を試して、あーでもない、こーでもないという感じではなかったかな。
--それからの付き合いについては?
平間 CDジャケを撮るようになって、最初に仲良くなったミュージシャンが、呼人だったんです。
寺岡 僕は、どちらかと言うと、誘い下手というか……。忙しいんじゃないかとか気にして誘えないタイプなんですが、平間さんはパッと、僕がいいタイミングで電話をくれて。それで、ご飯でもみたいなことがあったり。それが高じて、平間さんの実家の方にまで行ったり(笑)。
平間 蔵王の山の中の温泉に男2人で行ったりね(笑)。
寺岡 “弥次喜多”みたいな感じ。その流れで平間さんの実家に泊まったりして。あとは、箱根にあるレコード会社の保養所があって、使っていいよということだったので、そこに2人で行ったり。覚えてます?
平間 温泉もあってね。のぼせたのを覚えてる(笑)。最初の出会いは仕事だったんだけど、それ以降はプライベートで会うことの方が多いのかな。それと、一緒にベイシーにも行ったり。
寺岡 そうだ。
--岩手県の一関にあるジャズ喫茶にまで一緒に行ったんですね。
平間 そう。雑誌の撮影があったときに、偶然、現場のケータリング担当がベイシーのオーナーの娘さんだったんです。最初は、その方の実家が一関で喫茶店をやっているくらいの紹介のされ方だったけど、一関で喫茶店と言えば、オーディオ・マニア的にはベイシーだから(笑)。それで、もしかしてと思って尋ねたら、ベイシーだった。せっかく行くなら呼人も呼ぼうということになって。
--オーディオつながりですね。
平間 ほとんど唯一と言ってもいいくらいのオーディオ友達なので。それで、娘さんと3人でベイシーに行ったんですよ。
--それが、どれくらい前ですか?
寺岡 10年は経っていないと思う。
平間 7~8年前じゃないかな。
--そのころには、寺岡さんは既にJBLのParagonなどを所有していたのでしょうか?
寺岡 持っていましたね。JBLをずっと好きだったので。僕のファースト・インプレッションというか、最初のオーディオ体験がJBLだったんです。中学生のころに広島に住んでいたのですが、街の電気屋さんにナカミチの700ZXL(■編注:1980年に発売されたカセット・デッキの高級モデル)と、JBLの4344が置いてあって。カセット・デッキなんて、ラジカセしか知らない中学生にとっては衝撃的だった(笑)。定価が45万円って書いてあったので。メカとしても格好いいし。しかも、その横に置いてあるバカでかいスピーカーは何だって。そういう体験があって、興味が生まれたんですが、当然ながら自分で買える金額ではないし、大学を出てからもしばらくは、中古のオーディオ・ショップに行って、安いモデルを漁るくらい。JUN SKY WALKER(S)でデビューしてからは、ときどきオーディオに詳しい方と知り合って、話をしたりとか……。その中の1人に、ビンテージ・オーディオのマニアの方がいたんですよね。それで、その人に最初に薦めてもらったのが、JBLのLancerのレプリカで、S101というモデルだったんです。それをきっかけに、徐々にビンテージ・オーディオの方に走り始めた感じで。
--音楽スタジオで聴くサウンドと、方向性が違うところに魅力を感じたのでしょうか?
寺岡 方向性は違うけど、1960年代とかはスタジオでも、そういったモデル……例えばアルテックのスピーカーなどで聴いて、みんなで録音していたわけじゃないですか。そういう時代の音を聴きたいなというのがあったんです。今の音にも通じるというか、今の音にもできるんじゃないかと思って。自分の中ではあまり切り離しているつもりはなかった。
--ミュージシャンの方の多くは、制作ツールとしてのシステムに関心が向きがちで、いわゆる純粋にリスニング用途でのオーディオ・システムに対してはおざなりな方が多い気がするのですが。
寺岡 “おざなり”と言うのか……僕がおかしいのかは分かりませんけど(笑)、確かにいないですね。
平間 すごく少ないよね。しかも、呼人くらいやっている人は。
寺岡 ほかだと、コブクロさんとかは有名ですけど。あと、僕の友達だと、イエモン(ザ・イエローモンキー)の吉井(和哉)君とかは、僕以上にすごいけど。それくらいですかね。あまりオーディオが好きという人に会わないですね。
平間 今、思ったんだけど、吉井さんってギターもビンテージ指向だったりするじゃない? そことオーディオの関係もあるんじゃないかなと思うんだけど、どう?
寺岡 例えば、僕の友人だと斉藤和義君、奥田民生君とかは、ビンテージ・ギターの超オタクだったりするけど、あまりオーディオに関心がなかったりしますからね。だから、どちらかと言うと、ギターはプレイするという感じだと思う。でも、オーディオに関しては、1つはメカというか、スタイルが好きかどうかもあると思うんです。
平間 呼人はカメラも好きだったりするもんね。
寺岡 カメラも好きですね。
平間 カメラ、オーディオ、時計は男のロマン(笑)。あとは車も男の王道。そういう意味では、ミュージシャンで車好きはいるよね。
寺岡 そうですね。クラシック・カーに乗っている人は少なくなっていますが。オーディオよりは車の方が圧倒的に多い。
--では、寺岡さんがオーディオについてやり取りするのは、ミュージシャン仲間以外が多いのでしょうか?
寺岡 共有するというよりは……孤独ですかね(笑)。ただ、うれしいなと思ったのが、アナログやカセットとかの方がCDよりも良いよねと思い続けてきたことが、だんだん世の中の認識もそうなってきたこと。
--昨今のアナログ・レコードの人気が復活している前の時代にも、ずっとレコードを買い続けていたわけですね。
寺岡 そうではなくて、僕もアナログ熱が復活した方です。そのきっかけが、クロマニヨンズの甲本ヒロト君の家に遊びに行ったとき。彼の家のオーディオ・システムはイギリス製でそろえられていて。コンセプトが1960年代にロックを聴いていた少年/少女の部屋らしくて。要は、セレッションのスピーカーなどが置いてあるんです。そこで聴かせてもらったアナログ・レコードの音がすごく良くて。そこはから、やっぱりアナログだなと思い出したら、どんどん深みにはまった感じですね。
--甲本ヒロトさんの家に行ったのは、どれくらい前ですか?
寺岡 5、6年前ですかね。
--ベイシーに行った後になるわけですね。
寺岡 ベイシー後ですね。それまでもレコード・プレーヤーを持っていたけど、CDを聴くことの方が多かったのが逆転した感じです。
--ちなみに、平間さんと一緒に行かれたベイシーの出音の感想は?
寺岡 “オンリー・ワン”ですかね(笑)。“ナンバー1”という音ではないと思うんです。機材についても、ずっと同じモデルを使い続けているじゃないですか。機材を変えて音を変えていくというよりは、装置はそのままで、工夫で音は何とかするんだという信念というか。だから、音が良いという感じよりも、すごい音がしているという感じ。家が鳴っているというか。すごいなと思いましたね。
平間 僕が思ったのは、ライブ以上にライブ感がある音だと思った。
寺岡 そうかもしれない。スタジオ録音のレコードだとしても。
平間 ライブ会場に居るかのような臨場感があるというか。ハイファイ系の音ではない。1つ1つの楽器の音に迫力があるんです。
寺岡 まさに。
--その音を目指したいというタイプの音ではないんですね。
寺岡 はい。僕はそうですね。
平間 近づけられないとも思うし。
--平間さんとは、アナログ・レコードについての情報もやり取りしているのでしょうか?
平間 いや。どちらかと言うと、オーディオ機器の方についてだけだね。でも、オーディオについては、呼人の方が先輩で、いろいろ貸してもらったり、教えてもらったりして。オヤイデ電気のケーブルを教えてもらったのも、呼人だったり……。そういえば、一緒に秋葉原に行ったことがあったよね?
寺岡 ありましたね。
平間 それが20年くらい前なのかな。
寺岡 そうですね。オヤイデ電気のOCB-1という電源タップを買ったりしていましたね。
平間 そのころから僕がオーディオをやり出したんです。
--オーディオにまつわる逸話が多いんですね。
寺岡 そう。平間さんがウェストレイク(■編注:Wastlake Audio)のスピーカーを使っていたころ家にお邪魔して聴かせてもらったりとか。その後のウィルソン・オーディオとか。今は何を使っているんでしたっけ?
平間 B&Wの805 D3。それをサンヴァレーというメーカーの真空管アンプで鳴らしている。
寺岡 その組み合わせは興味深いですね。
平間 真空管アンプと言っても現行モデルだし、スピーカーもB&Wの最新モデルだから、ビンテージ系ではないんだけど。
--寺岡さんは最新のオーディオ機器に関心が向いたことはないのでしょうか?
寺岡 ないですね。マーク・レヴィンソンのパワー・アンプを一時期だけ入れていたことがあるくらいです。
平間 どうやって導入するかを決めているの?
寺岡 学芸大学前にあるホーム商会というオーディオ・ショップによくしてもらっているんです。オーディオ機器を貸し出してもらって、自宅で試聴して購入するか決めさせてもらう感じで。今、メインで使っているマッキン(■編注:McIntosh)のMC 3500にしても、ここに運び込んでもらって試聴後に決めましたからね。それまでは、同じマッキンのMC60を使っていて、よほどのことがない限り導入しないぞと思っていたけど、聴いたらMC 3500の方が良くて。
平間 パワー・アンプはマッキンが長いよね。
寺岡 そうですね。やっぱり音も良いんですが、ルックスが最高ですよね。人によっては出音が遅いという人もいますが、音楽にスピードを求めていない。身を乗り出して、突き詰めて音を聴くのはスタジオで十分というか(笑)。
平間 そこなんだよね。ミュージシャンはスタジオでスピーカーに対して正しい位置で構えて聴いているので、家に帰ってきたら別というか。呼人の場合は、ビンテージになっていたり。もっと普通にということであれば、CDラジカセだけの人もいるだろうし。
--ある意味で、家具/インテリアとしての要素もあったりしますか?
寺岡 家具ではないけど、ルックスは重要な要素ですね。
平間 落ち着くデザインだしね。そろそろ音を聴いてみたいな。
寺岡 では、時代的にもジャズ系からでいいですか?
平間 よく鳴る音楽だったら何でも(笑)。
寺岡 いろいろ試してみて、どんなジャンルでも割と鳴るようになりましたよ(笑)。では、一番得意なジャズとかだと、この辺りかな。
●アート・ペッパー『Meets The Rhythm Section』より、「You’d Be So Nice To Come Home To」
平間 ベイシーじゃないけど、形容しづらいくらい良い音(笑)。でも、これだけのシステムで聴くと、やっぱりアナログ・レコードじゃないとって思うね。その時代の音。
●ドゥービー・ブラザーズ『Minute By Minute』より、「What A Fool Believe」
寺岡 最近は7インチに凝っているんですが、溝が太いんですよね。しかも回転数が45なので、スピードも速いので、いい意味で爆音になるんです。
●ウィングス「Let ‘Em In」
平間 スネア・ドラムの音がすごくいい。
寺岡 CDだと、こういった感じに鳴らないんですよね。45回転、良くないですか?
平間 スピードって大きいんだね。
寺岡 今、7インチでDJをする人が増えたって聞いたんですが、分かる気がする。
●デルフォニックス「La-La Means I Love You」
平間 何と言うか、テンポ感がすごい出ているね。
寺岡 小さな子供が、この曲をCDで聴くのと、アナログ・レコードで聴くのとでは、曲への入り方が絶対に違うと思うんですよ。CDだとスーッと聴いてしまうと思うんだけど、7インチだとすごいと思うんじゃないかな。
平間 特に7インチには当時の空気感がある気がするね。
寺岡 そうですよね。
平間 ビンテージ系のオーディオ機材って、最新モデルに比べて圧倒的にレンジ感が狭い印象があると思うんだけど、全くそんなことはない。
寺岡 そうなんですよ。
平間 逆に、今時のオーディオ機器の方が余分なレンジを感じるよね。要らない部分にオーディオ・マニアはこだわっている気がする。ところで、スピーカー・ケーブルってベルデンの白黒のやつ?
寺岡 そうです。
平間 定番のやつだよね。
寺岡 あえてそうしています。
平間 あのケーブルとかも、ワイド・レンジじゃないからね。でも、これだけ上から下まで音がしっかり出ているなんて。
寺岡 ワイドレンジ指向のケーブルを使っていた時期もあったんですが、こっちの方がいいなと。中域の出方というか。
平間 あのケーブルでよくぞ、という音だね。
●ジャコ・パストリアス『S.T.』より、「Donna Lee」
平間 ジャコ・パスの音ってこういう音だったんだという感じ。ミッドから低域の出方とか。
寺岡 ありがとうございます(笑)。平間さん、ホセ・ジェイムスって知っていますか?
平間 いや、知らない。
寺岡 最近のアーティストで、ブルーノートから出している人なんですが、彼のアルバムはアナログ録音なんですよ。でも、最新の音がするというか。
●ホセ・ジェイムス『Yesterday I Had The Blues – The Music Of Billie Holiday』より、「Good Morning Heartache」
平間 最近のアルバムなんだ。
寺岡 そうなんですけど、アナログ録音で、優秀なアナログ・レコードですね。
平間 ハイの感じが現代的だね。
寺岡 低域もすごく出ていますよね。
平間 ハイとローが今時の感じ。
--今回のようにレコードに針を置いてゆっくりと音楽を聴く時間はどれくらいあるんですか?
寺岡 あんまり作れていない(笑)。だから、こういった機会を作ってもらえるとありがたいです。
平間 取材にかこつけてゆっくり聴く時間を作るって、すごくよく分かる(笑)。
--そういった忙しい中で、どのようにしてレコードを買っているのでしょう?
寺岡 インターネットで買うことが多いですね。レコード屋さんで買うこともありますけど。
--例えば、1ヵ月の間にこの部屋でレコードをゆっくり聴く時間は?
寺岡 まちまちですね。レコーディングやツアーに出ている間は、一切聴かないですから(苦笑)。
平間 例えば、レコーディングしたものを、このシステムで聴いたりは?
寺岡 全然ないです。
平間 スタジオはスタジオで良い音だもんね。ハイエンドなシステムがあっ
て。スピーカーはどこのだっけ?
寺岡 ムジーク(■編注:musikelectronic geithain)です。
平間 そうだ。ムジークは方向性として対照的だもんね。ハイファイでハイスピード。
寺岡 そうですね。
平間 あれはあれで音が良いよね。昔、ビートルズの「Come Together」を聴かせてもらったことがあったけど。
寺岡 よく覚えてますね。
平間 ベースの音とか、すごく良かった。スピード感がすごかった。どうしても、イントロのベースがもたもたしちゃうんだけど、それがなくて。ピチッと締まった音というか。
--以前は同じJBLでもParagonを使っていたわけですが、忙しい中でもメインのスピーカーまで取り替えているのは、すごい熱量ですね。
寺岡 そこは決断ですよね。やるときは決めないと。例えば、カートリッジを買ったりすると、ほかの機材も気になったりするんですよね。
--残念ながら、そろそろ取材時間が終わりそうなんですが。
寺岡 じゃあ、最後に「Come Together」を聴きましょうか(笑)。
●ビートルズ『Abbey Road』より、「Come Together」(ステレオ・カートリッジと、モノラル・カートリッジでも聴き比べ)
平間 ある意味で、究極のビンテージ・システムだね。音を聴くと自然と体が動き出すというか。
寺岡 最近、よく鳴ってくれるようになったんですよ(笑)。
■audio equipments
●スピーカー:Hartsfield(JBL)
●パワー・アンプ:MC 3500(McIntosh)
●プリアンプ:Model 7(marantz)
●レコード・プレーヤー:Model 301(Garrard)
●トーンアーム:RMG309(Ortofon)/3009(SME)
●ステレオ・カートリッジ:RM-KANDA(MUTEC)
●モノラル・カートリッジ:SPU-■(Ortofon)